九重部屋
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九重部屋。東京都墨田区石原

九重部屋(ここのえべや)は日本相撲協会に所属し、かつ高砂一門に属する相撲部屋。
目次

1 沿革

2 師匠

3 力士

3.1 現役の幕内経験力士

3.2 横綱・大関

3.3 幕内

3.4 十両


4 所属年寄

5 幕内優勝力士

6 外部リンク

7 旧九重部屋

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沿革

1959年(昭和34年)1月場所限りで引退した出羽海部屋(第31代横綱常ノ花)所属の第41代横綱・千代の山は、一代年寄・千代の山を経て年寄九重を襲名して出羽海部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、出羽海部屋の後継者として注目されていた。1960年(昭和35)年11月に7代出羽海(常ノ花)が急死して13代武蔵川(前頭筆頭・出羽ノ花)が8代出羽海として出羽海部屋を継承した際も、将来は九重親方(千代の山)が経験を積んだ後に出羽海部屋を継ぐと目され、九重親方自身もその継承を望んでいた。

しかし8代出羽海(出羽ノ花)は後継者を第50代横綱・佐田の山に定めたために、九重親方(千代の山)の継承の可能性はなくなった。そこで1967年(昭和42年)1月場所千秋楽翌日、九重親方は大関北の富士ら13人の内弟子を連れて出羽海部屋からの分家独立を申し出た。当時の出羽海一門は、分家独立を許さないのが不文律となっていた(当時の出羽海が部屋を継いだとき、現時点で独立を希望する者がいるならば許可すると部屋の親方衆に問うたが、千代の山をはじめ、誰一人として申し出た者はいなかったという話もある)。そして1967年(昭和42年)1月31日、13人のうち10人の力士の移籍と九重部屋の分家独立が承認されるとともに、出羽海一門からの破門と、当時出羽海一門とは無関係であった高砂一門への移籍を言い渡された。

高砂一門所属となった九重部屋は独立直後の1967年(昭和42年)3月場所、北の富士が幕内最高優勝、松前山が十両優勝を果たした。1974年(昭和49年)7月場所限りで引退した九重部屋所属の第52代横綱・北の富士は、年寄・井筒を襲名して九重部屋から分家独立して井筒部屋を創設していたが、1977年(昭和52年)10月に11代九重(千代の山)が死去したため、同年11月に12代九重を襲名して九重部屋を継承するとともに、井筒部屋の力士全員は九重部屋に移籍した。12代九重は、先代弟子の千代の富士を第58代横綱に育て、直弟子の北勝海を第61代横綱に育て上げた。

1991年(平成3年)5月場所限りで引退した九重部屋所属の第58代横綱・千代の富士は、年寄・陣幕を襲名して九重部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていたが、1992年(平成4年)4月に12代九重と名跡交換するとともに九重部屋を継承し、18代陣幕となった北の富士は九重部屋の部屋付き親方になるとともに協会理事を務めた。しかし18代陣幕(北の富士)は千代の富士と仲たがいしたため、1993年(平成5年)10月に八角親方(北勝海)が九重部屋から分家独立して八角部屋を創設するとき、九重部屋の部屋付き親方全員(陣幕、君ヶ濱谷川錦戸)が八角部屋に移籍した。

現在の九重部屋は、三段目に昇進すると四股名に「千代」の字が付けられ、完全に千代の富士カラーの部屋となっている(千代の富士の部屋継承以前にも、所属力士の四股名に「千代」の字が付けられる事が多かった)。13代九重は、千代大海大関にまで育てたが、それに続く関取の育成が急務となっている。


師匠

11代:九重雅信(ここのえ まさのぶ、横綱・千代の山、北海道)

12代:九重勝昭(ここのえ かつあき、横綱・北の富士、北海道)

13代:九重貢(ここのえ みつぐ、横綱・千代の富士、北海道)


力士


現役の幕内経験力士

千代大海龍二(大関)

千代白鵬大樹(前16)


横綱・大関
横綱


北の富士勝昭(52代・北海道)

千代の富士貢(58代・北海道)

北勝海信芳(61代・北海道)

大関


千代大海龍二(大分)


幕内
関脇


北瀬海弘光(北海道)

小結


千代天山大八郎(大阪)

孝乃富士忠雄(東京)

巴富士俊英(秋田)

平幕


禊鳳英二(北海道)

富士乃真司(千葉)

影虎和彦(岩手)

松前山武士(北海道)

千代櫻輝夫(北海道)

若の富士昭一(東京)

千代白鵬大樹(熊本)


十両

嵐立磨(広島)

千代の若秀則(兵庫)

大富士慶二(東京)


所属年寄

佐ノ山順(さのやま じゅん、小結・闘牙、千葉)



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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki