中隊(ちゅうたい、英:company, battalion, squadron)は、軍隊の部隊編成の単位で、小隊の上、大隊の下に位置する。一般的には歩兵なら約200人、砲兵では4門か6門だが、兵科、装備、時代によって規模はさまざまである。
西洋語では兵科によって異なる語を当てる。英語にすると、歩兵と工兵の中隊は ⇒Company、砲兵は ⇒Battery、騎兵や戦車、装甲車、ヘリコプターなどの部隊は ⇒squadronである(squadronは、空軍や海軍航空隊の飛行隊の意味もある)。また、警察(機動隊など)や消防などにも中隊単位の編成がされる場合もある。
陸軍の単位
総軍 - 軍集団/方面軍/戦線
軍/方面隊 - 軍団 - 師団 - 旅団
連隊 - 大隊 - 中隊 - 小隊 - 分隊 - 班
目次
1 概説
2 大日本帝国陸軍
2.1 中隊の定員
2.2 歩兵連隊の中隊
3 陸上自衛隊
3.1 中隊本部の構成
3.2 中隊長
4 脚注
5 関連項目
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20世紀始めまでの近代陸軍では、部下の兵士全員を自分の声が届く範囲内において指揮する最上位の指揮官が中隊長であった。戦場における直接戦術指揮は中隊長が執り、具体的にどの敵を攻撃するかを選択したり、前進の速度と方向を調整したりする命令は、中隊長が発した。小隊長以下は戦術判断をすることなく、一丸となっての集団行動だけが求められた。
20世紀に歩兵の散兵化が進むと、部隊の行動単位は細分化し、中隊長が全てを掌握する方式は自ずと放棄された。他方、砲兵においては中隊単位の射撃管制がその後も維持された。
なお、海軍(海上自衛隊)では、曹士の指導監督及び身上取扱に関して分隊長が、陸軍(陸上自衛隊)にいう中隊長に近い役割を果たす。
明治23年11月1日制定時の「陸軍定員令」(明治23年11月1日勅令第267号)によると、当時の各兵科の連隊及び大隊における中隊の平時定員は次の通りであった。
歩兵:136名
騎兵:159名
野戦砲兵・近衛砲兵:111名
要塞砲兵:134名
工兵・近衛砲兵:126名
輜重兵:290名(輸卒を除くと110名)
近衛輜重兵:220名(輸卒を除くと100名)
屯田歩兵:221名
明治23年11月1日制定時の「陸軍定員令」(明治23年11月1日勅令第267号)によると、当時の歩兵連隊における中隊の平時定員は次の通りであった。歩兵連隊の中隊長には乗馬の割当てはなかった。歩兵中隊は、将校5名、下士10名、兵卒120名、看護手1名の136名からなっていた。
将校
大尉(1名):中隊長
中尉(2名)
少尉(2名)
下士
曹長(1名)
一等軍曹(5名):内1名は給養掛の分課。
二等軍曹(4名)
兵卒:内4名は喇叭手。一等卒及び二等卒中には、縫工卒2名、靴工卒2名を含む。
上等兵(16名)
一等卒(36名)
二等卒(68名)
看護手(1名)
陸上自衛隊の普通科連隊には、大隊が置かれず、普通科連隊のすぐ下に普通科中隊等が置かれている。そして、状況に応じて中隊戦闘群(これは諸兵科連合部隊で、規模は大隊に匹敵する。見方によってはこれを大隊結節と見る事もできる)を編成することがあるため、3等陸佐(少佐相当。一般的には中隊長ではなく大隊長に充てられることが多い。)と比較的高位の階級の自衛官が当てられることもある。
普通科部隊における中隊の編成については普通科 (陸上自衛隊)を参照。
方面総監直轄の警務科部隊については保安中隊 (陸上自衛隊)を参照。
中隊本部の構成
中隊長
3等陸佐又は1等陸尉が充てられる。一部部隊は指揮運用の都合(主に駐屯地司令兼務若しくは希であるが在任中に昇任)により2等陸佐が充てられる。
副中隊長(任意的)
陸尉(准陸尉を含まない。)が充てられる。中隊長の補佐・不在時における代行等が職務である。主に師団(旅団)等直轄部隊及び重要視される部隊に配置。具体的な運用例等は第9普通科連隊を参照。
係幹部
中隊に勤務する幹部又は准陸尉が、中隊長から中隊の業務を割り当てられる。中隊長等の命を受け、分担させられた業務区分に応じ、その業務の実施につき係陸曹陸士及び営内班長を指導監督する。運用訓練幹部などが置かれている。
通常は「運用訓練幹部」・「1〜4小隊長」等編成上必要とされる役職を指定される。
中隊付准尉
准陸尉〜1等陸曹が充てられる。通常は「先任」と呼ばれる。