中東直己
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中東直瑛
広島東洋カープ No.35
基本情報
国籍 日本
出身地広島県呉市
生年月日1981年10月2日(26歳)
身長
体重168cm
68kg
選手情報
投球・打席右投左打
守備位置外野手捕手
プロ入り2006年 5位
初出場2007年4月14日
経歴


広島県立広島工業高等学校

東亜大学

JR西日本硬式野球部

ホンダ鈴鹿硬式野球部

広島東洋カープ(2007 - )

■Template  ■ウィキプロジェクト 野球選手

中東 直瑛(なかひがし なおてる、1981年10月5日 - )は広島県呉市出身の、広島東洋カープに所属するプロ野球選手
目次

1 来歴・人物

1.1 プロ入り後


2 所属球団

3 経歴・タイトル

4 エピソード

5 年度別打撃成績

6 関連項目

//


来歴・人物

広島工を経て東亜大に入学(OBとして初のプロ野球選手)、JR西日本に入社。大学4年時には捕手として神宮大会優勝、JR西日本では1年目からレギュラー捕手の座をつかんだが、2005年JR福知山線脱線事故により野球部は休部を余儀なくされ、ホンダ鈴鹿に移籍。ホンダ鈴鹿では主に1番・センターで起用され、俊足に加え長打力のある切り込み隊長としてチームの都市対抗野球大会出場に大いに貢献した。松本有史スカウトとは幼馴染。

幼い頃からの広島ファンで、「プロ野球カープ」だったという。高校の先輩である新井貴浩とは、東亜大2年時から正月に「走り初め」している仲。投手以外の全てのポジションをこなしていた。


プロ入り後
2007年

外野手登録ではあるが、正捕手であった倉義和石原慶幸は打力が劣るため、オープン戦では捕手としても出場する二刀流で話題になり、ブラウン監督が掲げた打てる捕手としてアピールした。

4月17日巨人戦(スカイマークスタジアム)でプロ初スタメン。プロ初安打はならなかったが、プロ初打点を稼いだ。しかし、9回裏2死2塁の場面で李承Yのセンターフライを落球。チームは勝利したものの自身は後味の悪いものになってしまった。

7月19日に行われたフレッシュオールスターでは初回先頭打者としてヒットで出塁。その後立て続けに二盗、三盗と決め、三盗時に捕手の悪送球でホームインし、MVPを獲得した。しかしその後の打席でファールを打った際に骨折してしまい、一軍出場の機会を減らしてしまう何とも微妙なMVPとなってしまった。二軍では打率.394で、17試合で9盗塁を決めた。応援歌は2005年まで在籍したグレッグ・ラロッカのものが使われている。ラロッカのときにあった前奏がないことと、歌詞の名前の部分以外は同じものである。
2008年

6月23日中東直己(なかひがし なおき)から中東直瑛(なかひがし なおてる)に改名した。


所属球団

広島東洋カープ(2007年-)


経歴・タイトル

初出場2007年4月14日中日ドラゴンズ広島市民球場

初安打2007年5月8日対中日ドラゴンズ(福山市民球場朝倉健太投手から

2007年度フレッシュオールスターMVP


エピソード

2007年1月12日に、再来日後初めて廿日市市の大野練習場を視察したブラウン監督に「名前が言いにくく発音しにくいので『ノミ』と呼ぶ」と言った。ブラウンによると、ノミにはアメリカでは「小さくバネがある」という意味があり「小さくてキレのある動きをする。相手からはいやらしく、うっとうしいイメージになるだろう」と期待されている。日本ではノミは皮膚炎症を起こすイメージがあるため、中東は最初「今まで『チュン』や『ヒガシ』で呼ばれていたので『チュン』でお願いできないですか?」と希望すると「『チュン』に意味はあるのか?ないでしょ」と一蹴され、中東は結局「覚えてもらえればいいので今までどおり持ち味を発揮したい」と割り切った。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki