中川家
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この項目では平成期の漫才コンビについて記述しています。公家の中川家については堤家をご覧ください。

中川家(なかがわけ)は、中川家剛(なかがわけ つよし)と中川家礼二(なかがわけ れいじ)による兄弟漫才コンビである。大阪府守口市出身。守口市立梶小学校及び梶中学校卒業。剛に至っては大阪府立守口東高等学校出身。吉本興業(東京)に所属。2001年M-1グランプリ王者。正統派漫才師と評判が高い。1992年4月コンビ結成、1993年2丁目劇場で初舞台。
目次

1 メンバー

2 略歴

3 概要

4 受賞歴

5 エピソード

6 出演している番組

7 過去に出演していた番組

7.1 テレビ

7.2 ラジオ


8 コマーシャル

9 DVD

10 CD

11 書籍

12 映画

13 ライブ

14 外部リンク

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メンバー

当初は本名で活動。現在も本名の中川名義で出る場合も稀にあるが、基本的には「中川家」を付ける。

中川家剛(なかがわけ つよし、本名:中川剛 - なかがわ つよし、1970年12月4日 - )
ボケ、ネタ作り担当。(たまにツッコミに回ることもある。)立ち位置は向かって左。通称「お兄ちゃん」。B型身長158cm。

中川家礼二(なかがわけ れいじ、本名:中川礼二 - なかがわ れいじ、1972年1月19日 - )
ツッコミ担当。(たまにボケに回ることがある。)立ち位置は向かって右。A型。身長172cm。(本人談)


略歴

吉本興業の大阪NSC第11期生。同期には陣内智則ハリガネロックケンドーコバヤシたむらけんじらがいる。また、松竹芸能ますだおかだ増田は小学校・中学校の先輩にあたる。また、ジャリズム渡辺鐘は中学校の先輩で増田と同級生である。

1996年1月、第17回ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞を受賞。その後、関西ローカル番組「すんげー!Best10」などで人気を博する。

関西以外で知られるようになったのは、2000年頃に出演した「明石家マンション物語」がきっかけ。オーディションコーナー(「大部屋」)で注目され、準レギュラー出演するに至った。また、爆笑オンエアバトル(NHK)では10戦9勝と言う高いOA率を誇った。

2001年末、第1回「M-1グランプリ」では大本命というプレッシャーの中、見事初代チャンピオンとなった。その前後に本格東京進出。現在の若手お笑い芸人ブームの初期(2002〜2003年頃)に品川庄司と共に大ブレイクした。

東京進出早々の2003年、広島で女性相手に暴行事件を起こして一時期謹慎していた。


概要

漫才中に剛がちょっかいを出して、礼二がつっこみ次々話を進める漫才で、「(同じく兄弟漫才コンビである)夢路いとし喜味こいしの後継者」と言われることもある。普段から頼りない『兄』剛は、外見的にも身長が低く童顔で、おっとりしたボケであるのに対し、声も体も大きく「大阪のおばちゃん」的なしっかり者の『弟』礼二がツッコミであるという立場逆転の面白さもあると言える。コント では立場が逆転する場合が多い。

相方を探していた兄が友人・知人にことごとく断られため、勝手にNSCの入学願書に弟の名前を書き、入学させた(『ジャイケルマクソン』より)

ネタの打ち合わせはほとんどしていない。

兄・剛がパニック障害を患い、一時期舞台に立てなくなってしまったことや、弟・礼二が漫才ネタを舞台上で忘れてしまい、漫才をコントロールできなくなったとするエピソードがある(後述)。

礼二は子供の頃から鏡に向かってモノマネの練習をしており、それが今のマニアックなモノマネに繋がった。あまりにやりすぎて父親に病院につれて行かれた経験もある。

東京に進出しているが東京にレギュラー番組は1つもない。同じM-1王者のフットボールアワーにも共通するところである。

コンビを組み、漫才を始めるにあたり、礼二は母から「あんたは芸人に向いてるけど、剛はなぁ…。あの子、いっこもしゃべりあかんやん。」と、剛に対してのダメ出しをくらっており、剛本人も母からダメ出しを食らい、礼二がそれを隣の部屋で聞いていたという話もある。実際、本人たちも漫才のネタで使った。


受賞歴

第30回上方漫才大賞新人賞(1995)


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen