不信任決議
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この項目では首長等に対する不信任決議について記述しています。内閣に対する不信任決議については内閣不信任決議をご覧ください。

不信任決議(ふしんにんけつぎ)は、議会で不信任を決議することである。
目次

1 地方自治体での首長不信任決議

2 国会での不信任決議

2.1 衆議院本会議において政治任用職者への不信任決議等を議決した例

2.2 国会本会議において国会役職者への不信任決議等を可決した例

2.3 国会委員会において国会役職者への不信任決議等を可決した例


3 関連項目

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地方自治体での首長不信任決議

日本地方自治体の議会においては、地方自治法第178条の規定により、議員数の3分の2以上が出席する都道府県または市町村の議会の本会議において4分の3以上の賛成により成立する。地方自治法第281条以下に定められた東京都特別区においても、この規定が適用される。

不信任決議を受けた首長は、10日以内に議会を解散することができる。解散しなければ10日が経過した時点で失職する。議会を解散した場合は選挙後に開かれた議会において再び不信任決議案が提出された場合は出席議員の過半数の賛成で成立し、首長は直ちに失職する。

以下に、不信任決議が成立した実例を列挙する。肩書きは、いずれも当時の物である。

都道府県知事に対する不信任決議が成立した事例は過去に4件ある。

1976年12月14日、汚職事件で書類送検された岐阜県知事平野三郎に対する不信任決議。不信任決議可決した当日に知事は辞職した。

2002年7月5日長野県知事田中康夫に対する不信任決議。賛成44票反対5票で可決後、田中康夫は議会を解散せず失職を選択し、長野県知事選挙に立候補し再度当選した。

2003年3月20日徳島県知事大田正に対する不信任決議。賛成33票反対9票で可決後、大田は議会を解散せず失職を選択し、徳島県知事選挙に立候補したものの落選した。

2006年12月1日宮崎県知事安藤忠恕に対する不信任決議。賛成40票反対なし欠席2人で可決。知事は当初は失職を選択し知事選に出馬する方針だったが、12月3日に県政混乱の責任をとり辞職を表明し、12月4日議会に辞職が許可された。

市町村長に対する不信任決議について。

2005年6月23日奈良市議会において、公職選挙法違反容疑で書類送検された奈良市長鍵田忠兵衛に対する不信任決議が可決された例がある。可決後、鍵田は市議会を解散した上で自らも市長を辞職したが、落選した。

2006年4月25日、愛知県大治町において、伊藤義範町長が大雨洪水警報が発令中に私用でゴルフに出ていた件や議場で暴言を吐いたことで、議会で不信任決議が可決された。5月1日辞職。

2006年8月18日宮城県七ケ宿町において、町有林問題で混乱を招いたとして、町長高橋国雄に対する不信任決議が可決された。8月28日、高橋は議会を解散し自らも辞職したのち、選挙に立候補するも落選した。

2007年3月29日兵庫県加西市において、職員採用及び市長の公用車の単独使用について不正があったとして市長中川暢三に対する不信任決議が可決された。中川暢三は2007年4月5日に議会を解散したが、市議選後の5月13日に不信任決議が再可決され、自動失職。出直し市長選挙として行われた2007年6月17日執行の加西市長選に立候補し、再度当選した。

2007年9月3日大阪府東大阪市において、自民・公明・一部のリベラル派により、市長長尾淳三の不信任決議案が38-10で可決された。長尾は議会の任期満了が近かったためもあり、失職を選択。10月28日に執行された出直し市長選挙に市民の信任を再び問うたが長尾は落選し、野田義和が当選した。

特別区の区長に対する不信任決議について。

1967年5月17日、東京都練馬区において、区職員の汚職事件をきっかけに、区長須田操の不信任決議が可決された。須田は区議会を解散したが、6月21日須田操区長退任。


1999年4月1日、東京都足立区において、自民自由公明民主により、区長吉田万三の不信任決議が可決された。吉田は解散を選択したが、吉田与党の共産は2議席を増やしたものの、自自公民の圧倒的多数は変わらず、5月28日に不信任決議が再可決され、自動失職。出直し区長選挙となり、6月20日の投開票で、自自公民推薦の鈴木恒年に敗れ落選した。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen