上原 浩治
読売ジャイアンツ No.19
基本情報
国籍 日本
出身地大阪府寝屋川市
生年月日1975年4月3日(33歳)
身長
体重186cm
86kg
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置投手
プロ入り1998年 ドラフト1位(逆指名)
初出場1999年4月4日
年俸4億円(2008年)
経歴
東海大学付属仰星高等学校
大阪体育大学
読売ジャイアンツ(1999 - )
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上原 浩治(うえはら こうじ、1975年4月3日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(投手)。座右の銘は「雑草魂」。
目次
1 経歴
1.1 プロ入り前
1.2 プロ入り後
2 プレースタイル
3 年度別投手成績
4 タイトル・記録・表彰
5 エピソード
5.1 メジャー移籍願望
5.2 涙の敬遠
5.3 人身事故
6 関連項目
7 脚注
8 出演
9 外部リンク
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プロ入り前
実父が監督を務める少年野球チーム「寝屋川アスナローズ」で野球を始める。寝屋川市立第十中学校では野球部が無かったため、アスナローズで野球を続けながら、陸上部に所属した。
東海大学付属仰星高等学校野球部では外野手兼建山義紀の控え投手だった。ラグビーの大畑大介・建山とは同級生で同じクラスだった。
1浪して大体大に進学後、投手に専念すると頭角を現し、阪神大学リーグにおいてリーグ優勝5回(1年春、2年春秋、3年秋、4年春)に貢献するなど、4年間で36勝4敗、最優秀投手賞4回、特別賞2回という成績を挙げた。
大学3年時に1試合21奪三振を記録し、現在もリーグ記録として残っている(2008現在)。
大学3年時に日本代表に選ばれた1997年のインターコンチネンタルカップ決勝で、当時国際大会151連勝中だったキューバ相手に先発して勝利投手となった。
以降松坂大輔と並ぶドラフトの目玉とみなされ多くの球団が獲得に乗り出し、最終的にはメジャーリーグのアナハイム・エンゼルスと読売ジャイアンツでの争奪戦となったが、結局周囲の説得などもあり1998年ドラフトで読売ジャイアンツに1位指名(逆指名)され、入団する。
プロ入り後
1999年
4月4日の阪神戦でプロ初登板。
4月13日の広島戦でプロ初勝利を挙げる。
5月16日の横浜戦でプロ初完投。
9月14日の中日戦でプロ初完封。
5月30日から9月21日まで、15連勝。これは歴代4位タイで、新人投手の記録としては1966年に堀内恒夫が記録した13連勝を33年ぶりに更新する。最終的には20勝4敗の成績を上げ、両リーグを通じて1990年の斎藤雅樹以来9年ぶり、新人投手としては1980年の木田勇以来19年ぶりの20勝投手となる。この年最多勝利、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の投手主要4部門を制し、史上9人目、新人としては史上3人目の投手4冠を達成する。また、新人王と沢村賞も受賞する。