上井草球場
不朽の名作から
ケータイ小説(笑)まで

[Wikipedia|▼Menu]

上井草球場(かみいぐさきゅうじょう)は、かつて東京都杉並区上井草にあった野球場

1936年東京セネタース(現在の北海道日本ハムファイターズの前身にあたる戦後のセネタースとは別組織)結成に合わせ、職業野球団所有球場として開設されたが、1959年を以って廃止、撤去された。


歴史

当時の東京府東京市杉並区に西武鉄道[1]が建設し、1936年8月に完成。当時は東京球場という名称であった。大東京軍の本拠地・洲崎球場や、戸塚球場とともに、東京でのプロ野球開催球場の一つとなった。西武鉄道の沿線にあるため都心からも比較的行きやすいという売り込みだったが、翌1937年9月後楽園球場が都心の文京区に開設されると開催試合数は次第に減っていった。綺麗だが、小じんまりした箱庭のような球場だったらしい。

1940年、西武鉄道は上井草に総合運動場を計画していた東京都にこの球場を寄付。戦後は1945年にいち早く復興。1946年から1952年まで、神宮球場が米軍に接収された間、この球場でも東京六大学の試合が行われた。戦後にもプロ野球の公式戦が開催されたが、主に学生野球などのアマチュアの試合が中心となっていった。

1959年に東京都は水道の貯水池を建設するため球場を廃止、姿を消す。都は貯水池の上に野球場や体育館、テニスコートなどを整備し、1967年に上井草総合運動場が完成。現在は杉並区に移管され、区営上井草スポーツセンターとなっている。^ 当時の西武鉄道は、現在の西武新宿線系統を運行していた鉄道会社で、1945年西武池袋線系統を運行する武蔵野鉄道に吸収合併され、その後社名変更等を経て、現在の西武鉄道に至っている。詳細については西武鉄道#歴史の項を参照。


施設

内野:土、外野:天然芝

両翼:100.6m、中堅:118.9m、本塁後方(バックストップ):18.3m

収容人員:29,500人
(昭和24年に改装され45,500人となったとされるが、現行の消防法等の関連法規を充足するものではない)


関連項目

日本の野球場一覧

前本拠地:
n/a
-東京セネタース
翼軍の本拠地
1936 - 1940次本拠地:
n/a
-
カテゴリ: 現存しない野球場 | プロ野球本拠地野球場 | 東京六大学野球連盟

更新日時:2007年2月20日(火)17:52
取得日時:2008/09/08 12:17


これは便利!
本屋の在庫も探せます

[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:4519 Bytes
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki