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三国時代(さんごくじだい)は、中国の時代区分の一つであり、狭義では220年(後漢滅亡)から、280年(西晋による中国再統一)まで、広義では黄巾の乱の蜂起(184年)から280年までの時代を指す。229年までに魏(初代皇帝:曹丕)、蜀漢(初代皇帝:劉備)、呉(初代皇帝:孫権)が成立、中国国内に3人の皇帝が同時に立った。三国時代については、陳寿が著した『三国志』、明代に書かれた『三国志演義』及び、更に後世の三国時代を扱った書物によって、世界で広く知られている。なお、当項目では『広義』の三国時代について記載するものとする。
目次
1 歴史
1.1 戦乱の前段階
1.2 戦乱の幕開け
1.3 曹操の台頭
1.4 三国鼎立
1.5 三国争覇
1.6 司馬氏の台頭
2 後世への影響
3 脚注
4 歴代皇帝
4.1 魏(曹魏)
4.2 漢(蜀漢)
4.3 呉(東呉)
5 関連項目
6 参考文献
7 外部リンク
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後漢朝は創立当初から地方豪族の力が強く、経済力を持った彼らは中央政府に一族を官僚として送り込み、また皇帝の后に一族の娘を送り込むことで外戚となり、更に大きな勢力を誇った。しかし159年に外戚の梁冀が宦官の力を借りた桓帝に誅殺された後は宦官が中央を牛耳るようになり、そのことに豪族たちは強い不満を抱いていた。宦官は、本来生殖能力を喪失した男性であるが、養子をとることにより、世襲貴族となることを志向する者も現れ(魏の祖となった曹操の祖父である曹騰はその一例である)、豪族層の反感をかきたてた。
豪族たちは宦官勢力を濁流と呼び、自分たちを清流と呼んで宦官たちを非難した。これに対して宦官たちはこれを弾圧するために党錮の禁(禁錮、当時の用語で公職停止を意味する)と呼ばれる弾圧を行った。一方では悪政が続く中で民衆の生活は窮迫し、これらの民衆は張角が教祖の太平道という道教の祖の一つされる宗教団体に救いを求めるようになった。
多くの民衆を吸収した太平道は184年についに反乱を起こす(黄巾の乱)。