三十年戦争(さんじゅうねんせんそう、drei?igj?hriger Krieg)は、ボヘミア(ベーメン)におけるプロテスタントの反乱をきっかけに勃発し、神聖ローマ帝国を舞台として、1618年から1648年に戦われた国際戦争。「最後の宗教戦争」、「最初の国際戦争」などと形容されるが、スウェーデンが参戦した1630年以降は、ハプスブルク家、ブルボン家、ヴァーサ家による大国間のパワーゲームと捉える向きもある。
「三十年戦争」という表現をしたのは17世紀のプーフェンドルフ( ⇒Samuel von Pufendorf)とされる。
目次
1 前史
2 概要
3 ボヘミア・ファルツ戦争(ベーメン・プファルツ戦争)
4 デンマーク・ニーダーザクセン戦争
5 スウェーデン戦争
5.1 スウェーデン参戦〜レヒ川の戦い
5.2 ヴァレンシュタイン復活〜リュッツェンの戦い
5.3 グスタフ・アドルフ戦死・ハイルブロン同盟
5.4 ヴァレンシュタイン暗殺〜ネルトリンゲンの戦い
6 フランス・スウェーデン戦争
6.1 二人の宰相
6.2 反ハプスブルクの反撃
6.3 和平会議の開始と戦争の行方
6.4 トルステンソン戦争〜ボヘミア侵攻
6.5 ヴェストファーレン条約の締結
6.6 三十年戦争終結
7 結果・影響
8 年表
9 関連項目
9.1 事項
9.2 事件
9.3 人物
9.4 その他
10 参考文献
11 歴史ゲーム
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三十年戦争は名前の通り30年間絶え間なく続いたのではなく、数ヶ月から2年程度の小康状態を挟んで断続的に続いた。当時はほとんどの軍が長期間統制しにくい傭兵によって賄われており、国王直属の常設軍隊は稀であったからである。また、長期の戦争を継続することは国家財政を圧迫するため、息切れするかのように戦争が中断されることになった。しかし、戦争が長引くとインターバルの期間は次第に短くなり、三十年戦争の最終段階では13年間にもわたる戦闘が繰り広げられた。
この戦争は四つの段階に分類することができ、後になるほど凄惨さを増していった。この四段階にわたる戦争はそれぞれハプスブルク帝国に対抗する勢力ないしは国家の名前をとって下記のように呼ばれている。
第1段階:ボヘミア・ファルツ戦争(1618-23)
第2段階:デンマーク・ニーダーザクセン戦争(1625-29)
第3段階:スウェーデン戦争(1630-35)
第4段階:フランス・スウェーデン戦争(1635-48)
三十年戦争は新教派(プロテスタント)と旧教派(カトリック)との間で展開された宗教戦争と捉えられることが多いが、それはこの戦争の単なる一側面に過ぎない。当初は宗教闘争に名を借りた民族対立の様相を呈していたが、戦争の第2段階から徐々に国家間の権力闘争の側面が露わになり、ヨーロッパにおける覇権を確立しようとするハプスブルク家と、それを阻止しようとする勢力間の国際戦争として展開されることになった。
この戦争が単なる宗派対立による宗教戦争ではないことは、戦争勃発当初から明らかであった。