丁世均
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丁世均(???、チョンセギュン)は、韓国の政治家で、現李明博政権における野党第1党である民主党の代表(党首)である。
目次

1 概要

2 略歴

2.1 学歴

2.2 経歴


3 脚注

4 関連項目

5 外部リンク

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概要

韓国の財閥の一つである双竜グループの常務理事から、金大中が創党した「新政治国民会議」に入党、1996年4月第15代国会議員選挙で初当選して政界入りした。盧武鉉政権では、経済通を活かして経済担当ブレーンとして、活躍、産業資源相を務めた。また、盧大統領の与党「開かれたウリ党」では、院内代表や議長(党首)といった要職を歴任し、大統領と袂を分って野党に転じた新千年民主党が党名改称した民主党も含めた旧与党勢力の統合を巡って揺れつづけた党を支えた。2008年7月、ウリ党の後身である大統合民主新党と民主党が統合して発足した統合民主党が党名を改称した民主党の初代代表に就任した。


略歴

1950年9月26日


学歴

1975年高麗大学校法学部卒業

1990年:アメリカペパーダイン大学経営学修士

2004年慶煕大学経営学修士


経歴

1978年1月1995年6月 サンヨン(双竜)グループ入社・常務理事

1996年4月11日 第15代総選挙、当選(新政治国民会議)

1996年5月2000年5月 第15代国会議員(新政治国民会議・新千年民主党)

1997年7月1998年4月 国会財政経済委員会幹事及び労使政委員会幹事会委員(1998/06まで)

2000年4月13日 第16代国会議員選挙、当選(新千年民主党)

2000年5月 ― 2004年5月 第16代国会議員(新千年民主党・開かれたウリ党)

2000年6月 ― 2000年12月 新千年民主党、第二政策調整委員長

2000年11月 ― 2003年9月 新千年民主党、労使問題対策委員会委員

2000年12月 ― 2001年11月 新千年民主党、基調委員

2000年12月 ― 2001年1月 国会公的資金運営実態究明のための国勢調査特別委員会委員長

2001年11月 ― 2002年4月 国会財政経済委員会担当幹事

2002年6月 ― 2002年12月 新千年民主党、大統領選挙企画団政策企画室長

2002年7月 ― 2003年4月 国会建設交通委員会委員

2002年9月 ― 2002年12月 盧武鉉大統領候補(当時)中央選挙対策委員会国家ビジョン21委員会本部長

2002年9月 ― 2002年12月 国会公的資金国勢調査対策特別委員会委員長

2000年12月 ― 2003年9月 新千年民主党、政策委員会議長

2003年4月 ― 2004年5月 国会農林海洋水産委員会委員

2003年9月 ― 2004年4月 開かれたウリ党、政策委員会議長

2004年4月15日 第17代国会議員選挙、当選(開かれたウリ党)

2004年5月 ― 2008年5月 第17代国会議員(開かれたウリ党・大統合民主新党・統合民主党)

2004年8月 ― 2004年10月 開かれたウリ党、公職候補資格委員会委員長

2004年7月 ― 2005年1月 国会予算決算特別委員会委員長、国会科学技術情報通信委員会委員

2005年1月 ― 2006年1月 開かれたウリ党、院内代表[1]。国会運営委員会委員長

2005年10月 ― 2006年1月 開かれたウリ党、臨時議長[2](院内代表と兼務)。

2006年2月9日 産業資源部の長官(大臣)に任命[3]

2007年1月3日 産業資源部長官を辞任[4]

2007年2月14日 ウリ党の定期党大会、議長選挙で議長に選出される[5]

2008年4月9日 第18代総選挙、当選(統合民主党)

2008年5月 ― 現在 第18代国会議員(統合民主党、民主党)

2008年7月6日 民主党、党大会。代表選挙で、秋美愛と鄭大哲の二人に大差をつけて、代表に当選(任期2年)[6]

日本経済新聞主催、国際交流会議「アジアの未来」、2006年度の講師として参加した時の ⇒丁世均の略歴と聯合ニュースや朝鮮日報の記事を参考にして作成した。


脚注^ 「 ⇒ウリ党、院内代表に丁世均議員選出朝鮮日報日本語サイト(2005年1月24日)


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki