一龍斎貞丈
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一龍斎 貞丈(いちりゅうさい ていじょう)は、講釈師の名跡。
目次

1 先代?

2 三代目

3 四代目

4 五代目

5 六代目

6 脚注

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先代?

後の四代目一龍斎貞山


三代目

後の六代目一龍斎貞山。


四代目

本名:安原 大二郎(やすはら だいじろう)、(昭和6)1931年12月23日没。享年42。

亭号を昇龍斎として、昇龍斎貞丈と名乗った[1]。五代目の師匠。


五代目

本名:柳下 政雄(やぎした まさお)、三重県に生まれ、幼時から横浜に育った。 (明治39)1906年8月 - (昭和43)1968年7月27日

1906年8月、三重県に生まれる。

1925年、四代目昇龍斎貞丈に入門し、昇龍斎貞一を名乗る。

1930年4月に真打昇進。

1931年12月、師匠の急逝を受け、六代目一龍斎貞山の預かり弟子になる。

1932年3月、五代目一龍斎貞丈を襲名。なお、屋号を「昇龍斎」から「一龍斎」に変えたのは、当時落語協会の会長までつとめて勢力をふるっていた、貞山にあやかるためだという[2]

1968年7月27日、急逝。

早稲田実業に学んだ、当時の講談界としては珍しいインテリであった。

一龍斎貞鳳、子息の六代目一龍斎貞丈、人間国宝の六代目一龍斎貞水を育てた。

同時期に活躍した講釈師、五代目宝井馬琴は従兄弟に当たる。

また、実弟は落語家初代山遊亭金太郎である[3]

また、1952年に旅客機もく星号墜落事故で漫談家の大辻司郎が死去したとき、ほんとうは貞丈も大辻と同じく「長崎市博覧会」に出演予定であったが、仕事があって1日遅れの出発であったため、命拾いをしたという[4]

女性に非常にもてて、死去も、柳橋の粋筋での腹上死だという[5]


六代目

本名:柳下 基一(やぎした きいち)、横浜生まれ。父は五代目一龍斎貞丈。 (昭和3)1928年9月2日 - (平成15)2003年10月1日

1928年9月2日、神奈川県横浜市に生まれる。

1947年4月、父である五代目一龍斎貞丈に入門。

1948年12月、前座となり四代目一龍斎貞花を襲名。

1951年11月、二ツ目昇進。

1957年1月、真打昇進。

1969年7月、先代の一周忌に六代目一龍斎貞丈を襲名。

2003年10月1日、急性心不全の為死去。享年75。


脚注^ ただし、木下華声「芸人紙風船」(大陸書房)によると、「伝統ある一方の旗頭の名跡『昇龍斎貞丈』の名前を、五代目が変えてしまった」とある。
^ 木下華声『芸人紙風船』P.99
^ 彼は、三代目三遊亭金馬の弟子であった。しかし、将来を嘱望されながら、25歳で死去した。木下華声『芸人紙風船』P.109
^ 木下華声『芸人紙風船』P.216
^ 木下華声『芸人紙風船』P.111
カテゴリ: 講談師

更新日時:2008年8月25日(月)09:23
取得日時:2008/11/23 06:05


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki