ヴァイキング(Viking)は8世紀から300年以上に渡って西ヨーロッパ沿海部を侵略したスカンディナヴィアの武装船団(海賊)を指す言葉であったが、後の研究の進展により「その時代にスカンディナヴィア半島に住んでいた人々全体」を指す言葉に変容した。中世ヨーロッパの歴史に大きな影響を残した。
トール・ヘイエルダール(ノルウェーの考古学者)が述べたように、ヴァイキングは海賊、交易、植民を生業としていたのではなく、故地においては農民であり、漁民であった。特に手工業に秀でており、職人としての技量は同時代においては世界最高のレベルであった。
目次
1 名称
2 背景
3 ヴァイキングの舟
4 初期のヴァイキング
5 デンマークのヴァイキング
6 ノルウェーのヴァイキング
7 スウェーデンのヴァイキング
8 ヴァイキング後裔国家
9 関連項目
10 関連フィクション
11 音楽
12 参考文献
13 ゲーム
14 その他
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古ノルド語:vikingr (アイスランド語:v?kingur) フィヨルドから来たもの(古ノルド語 vik, アイスランド語 v?k:湾、入り江、フィヨルド)
どうして彼等が域外へと進出したのかについては下記のような学説がある。
1.現在の通説
ヴァイキングは元々通商・貿易を業としていた民族である。そのためヴァイキングは、中世のヨーロッパが未だ暗黒時代とされる頃から、東アジア・中東を中心とした異民族・異人種との交流を行い、航海術だけではなく、地理的な知識・工業的な技術・軍事的な技術も周辺のヨーロッパ諸国を凌駕するようになった。その結果、富を求め近隣諸国を侵略していった、とされるものである。
上記の説を補強する研究として、ヴァイキングの拠点の一つであるゴットランド島の墓の発掘調査が知られている。ゴッドランド島の700年頃の貴族の墓を発掘調査し、その埋葬者の人骨のDNA分析の結果、埋葬されていた人骨11体のうち、完全なコーカソイド系とされた人骨が4体、6体はコーカソイドとモンゴロイドとの混血とされ、1体は完全な東アジア系のモンゴロイドと判定された。
この結果は、ヴァイキング、あるいはスカンジナビア系諸民族のモンゴロイド起源説を証明するものなのか、あるいは単なる通商関係の結果として、モンゴロイド系の一族がゴットランド島の一貴族として君臨していただけなのか、いずれをも証明する段階にはいたっていないが、少なくとも通商を通じた異民族・異人種との交流が、当時のヨーロッパに対するヴァイキングの工業的・軍事的優位を築いた一因となったのは間違いないと考えられている。
2.その他の説
進出の原因を求める説の一つに、人口の過剰を原因とする説がある。寒冷な気候のため土地の生産性はきわめて低く、食料不足が生じたとされる。山がちのノルウェーでは狭小なフィヨルドに平地は少なく、海上に乗り出すしかなかったし、デンマークでは平坦地はあったが、土地自体が狭かった。スウェーデンは広い平坦地が広がっていたが、集村を形成できないほど土地は貧しく、北はツンドラ地帯だった。このため豊かな北欧域外への略奪、交易、移住が活発になった、という仮説が有力と考えられたこともあった。しかしそもそも生産性が低く、土地が貧しいのなら、出生率が上がるはずがなく、今では否定的に捉えられている。
むしろ逆で、中世の温暖期が原因ではないかとされることがある。温暖化により北欧の土地の生産性が上がったが、出産制限も何もない時代では、一度上昇し始めた出生率は、暴走気味に増え続け、域外へと進出することを招いたと言う説である。
大陸ヨーロッパでは中世の暗黒時代の真っ只中であり、弱体化したヨーロッパに付け入る隙が大いにあった、ということも原因として挙げられることが多い。
一方、原因とは別に、能力を理由とする説もある。ヴァイキングの航海技術が卓抜だったため(後述)、他の民族は対抗できなかった、というものである。原因は、特にない。なぜなら、域外進出をしたがるのは、あらゆる民族に共通するためである。たとえば、アフリカで発祥した人類が、南欧から北欧へ、あるいは、アジアや北米へ進出した、というようなものである。このような域外進出は、いつの時代、どこでも見られるので、当り前のことであり、ことさら原因は必要ではなく、あとは、その能力があるかどうかの問題、というものである。
ヴァイキングは「ロングシップ」(オーセベリなどでいくつか完全に発掘されている)と呼ばれる喫水の浅く、細長い舟を操った。