文学
ポータル
各国の文学
記事総覧
出版社・文芸雑誌
文学賞
作家
詩人・小説家
その他作家
ロードスのアポローニオス(アポロニオス、ギリシャ語:Απολλ?νιο? ο Ρ?διο?, Apollonius of Rhodes, またはアポローニオス・ロディオス、Apoll?nios Rhodios, 紀元前3世紀初期 - 紀元前246年以降)は、叙事詩人、学者、アレクサンドリア図書館長。金羊毛を求めてのイアソンとアルゴナウタイの冒険を描いた、叙事詩史上重要な作品の1つである『アルゴナウティカ』の作者として知られる。
アポローニオスはロードス島(ロドス)の出身ではない。ロードス島には人生の一時期居ただけで、そこにいた時に「ロードスの」という添え名をつけた。
目次
1 生涯
1.1 文献
1.2 出生
1.3 カリマコスの弟子
1.4 アレクサンドリア図書館長
1.5 アレクサンドリアからロードス島への転居
1.6 死
1.7 センセーショナルな逸話
2 『アルゴナウティカ』
3 脚注
4 参考文献
5 読書案内
6 外部リンク
//
アポローニオスの生涯についての情報源の主なものが4つある。アポローニオスに関する注釈の中に見つかった、ともに『アポローニオスの生涯』(以下、2つを区別する場合は『生涯(1)』『生涯(2)』と表記)と題された2つのテキスト。10世紀の百科事典『スーダ辞典』の中にもアポローニオスは登場する。さらに、紀元前2世紀のオクシリンコス・パピルス1241には、複数のアレクサンドリア図書館長の名前の中にアポローニオスの名前が出てくる。オクシリンコス・パピルス1241は、アポローニオスの生きていた時代とそう離れていないので、その情報量は他の文献より断然比重が重い。それ以外の種々雑多のテキストからもさらなる情報が得られる。
2つの『生涯』と『スーダ辞典』は、アポローニオスの父親の名をSilleusまたはIlleusとしている。(『生涯(2)』では母親をRhodeとしているが、これはありえそうもない。Rhod?は「ロードス人女性」という意味で、おそらくアポローニオスの「ロードスの」を説明するためにそうしたのだろう)。『生涯』、『スーダ辞典』、それに地理学者ストラボンは[1]、アポローニオスの出身地はアレクサンドリアだとしている。また、アテナイオスとクラウディウス・アエリアヌス ( ⇒en:Claudius Aelianus)は、アレクサンドリアの南70kmのところにあるナイル川に面したナウクラティス( ⇒en:Naucratis)の出身だと言っている[2]。なお、彼の生年月日に触れた文献は存在しない。
『生涯』と『スーダ辞典』は、アポローニオスが詩人で学者のカリマコスの弟子だったと書いている。『生涯(2)』はさらにアポローニオスを埋葬したのはカリマコスだと「何人かが言っている」と付け加えている。
『生涯(2)』と『スーダ辞典』、オクシリンコス・パピルス1241は、アポローニオスがこの職に就いていたと書いている。オクシリンコス・パピルス1241はさらに、エラトステネスをアポローニオスの後任としている。それはプトレマイオス3世( ⇒en:Ptolemy III Euergetes)が即位した紀元前247年/紀元前246年以降だったに違いない。なぜならエラトステネスを登用したのはプトレマイオス3世と見られるからである。(『スーダ辞典』は逆にアポローニオスがエラトステネスの後任だと書いているが、これはありえない。アポローニオスは紀元前240年頃に亡くなったカリマコスの下で学んでいた。『生涯(1)』はアポローニオスはプトレマイオス3世と同時代人だと書いている。エラトステネスは少なくとも紀元前204年まで図書館長の地位にあった)[3]。