ロマ(Roma、単数形はRom)は、北インド起源のロマニ系に由来する移動型民族。移動生活者、放浪者とみなされることが多いが、現代では定住生活をする者も多い。
過去、ジプシーとして知られた民族を、ジプシーはエジプト人という誤解から来ていること、及び、ジプシーという言葉が偏見、差別的に使用されていることなどを理由に、最近では彼等全体をロマ(その単数形のロム)と呼ぶようになっている。 ただし、ロマという呼称はジプシー全体を指すものではなく、ジプシーという言葉に差別的ニュアンスがまとわりついているという考えが、即すべてのジプシー集団に共通する見解でもないとされている。ハンガリーにおけるロマ
ジプシーという呼び名は、「エジプトからやって来た人」という意味の「エジプシャン」の頭音消失したものと言われる。彼らの主流は、インドから移動してきたと考えられているが、非インド起源であることをアイデンティティとするジプシーとして、コソボ紛争で有名になったアッシュカリィやエジプシャンなどがある。
アルバニア語を母語とする彼等はロマとアルバニア系等との混血の子孫とみられるが、特にエジプシャンはアレキサンダー大王に従って移民したエジプト系の末裔を自称しており、それぞれがロマとは別のグループであることを主張する傾向がある。
目次
1 歴史
1.1 皇帝ジギスムントの特許状
1.2 領邦権力による定住化政策
1.3 ナチスの絶滅政策
1.4 戦後のロマ
1.5 コソボ紛争
2 文化
2.1 ロマの音楽
3 言語
4 職業
5 宗教
6 ロマの有名人
7 世界のロマ呼称
8 ロマが登場する主要な芸術作品
8.1 歌謡、民謡
8.2 ヴァイオリン曲
8.3 管弦楽曲
8.4 演劇、歌劇
8.5 映画
8.6 TVドラマ
8.7 小説
8.8 日本の歌謡曲
8.9 アニメ
9 参考文献
10 関連項目
11 外部リンク
12 脚注
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彼等は西暦1000年頃に、インドのパンジャブ地方から放浪の旅に出て、北部アフリカ、ヨーロッパなどへとたどり着いた。旅に出た理由は分かっていないが、西に理想郷を求めた、などの説がある。彼らがヨーロッパに史料上の存在として確認できるようになるのは15世紀に入ってからで、ユダヤ人と並んで少数民族として迫害や偏見を受ける事となる。ただしユダヤ人ほどこの事実は強調されていない。
皇帝ジギスムントの特許状神聖ローマ帝国に現れたロマ
15世紀になって今日のドイツ地域にロマが初めて姿を現した。彼らは当初低地エジプト出身の巡礼者であると名乗っており、それから80年ほどは、彼らは各地で「聖なる人」として親切に受け入れられた。しかし、一向にヨーロッパを去ろうとしない彼らに対して、徐々に不信の目が向けられ、トルコやタタールのスパイであるというような風説が飛び交うようになった
初期のロマは神聖ローマ皇帝ジギスムントにより巡礼者として帝国全土の自由な通行を許可されたと称し、いわゆる『皇帝ジギスムントの特許状』[1]を保証として各地を放浪した。しかし15世紀中頃には彼らに対する蔑視が始まり、とくにユダヤ人と彼らを同類とする風説が現れ、18世紀に至るまで広く流布した。1500年には神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世によって『皇帝ジギスムントの特許状』は無効であるとされ、ロマを殺しても基本的には罪に問われないこととなった。ロマが放浪する犯罪者の温床と考えられ、都市では彼らが現れたら教会の鐘を鳴らして合図し排撃した。
1761年、オーストリアではマリア・テレジアとヨーゼフ2世の近代化政策の一環として、ロマの定住化が図られた[2]。