リフティングボディ
★制服でHなバイト★
1日5万円★日払い★

[Wikipedia|▼Menu]
代表的なアメリカのリフティングボディ機であるX-24A。

リフティングボディ(:Lifting body)とは、航空機もしくは宇宙船(特に宇宙往還機)において機体を支える揚力を生み出すように空気力学的に工夫された形状を有する胴体のことである。遷音速から超音速域での飛行時に特に大きな抗力発生源となる通常の固定翼機型のを廃し、その分必要になる浮揚力を胴体から賄うために利用されることが多く、1960年代に開発されたアメリカの実験機M2シリーズやX-24( ⇒en:Martin-Marietta X-24)などが本形態を採用した代表的機体である。
目次

1 概要

2 主な歴史

2.1 開発例


3 利点と欠点

4 全翼機との違い

5 脚注

6 関連項目

7 参考文献

//


概要

固定翼機では胴体に取り付けられた翼(主翼)によって大部分の浮揚力を生み出しているが、この翼は揚力発生機構であると同時に最大の抗力発生源でもある。特に有翼型宇宙往還機(スペースシャトル等)において、帰還時の滑空には大きな揚力を生む広い翼が必要であるものの、打ち上げの加速時には翼は非常に邪魔な存在となる。なぜなら大気圏中における高速飛行時には空気摩擦抵抗によって尖った形状の部位に局所的な応力及びが集中するからであり、胴体から飛び出した翼には特に大きな負荷がかかり、それが機体の致命的な損傷を招く可能性もある[1]。そのような事情により、翼をより小さく、出来ればなくしたいというモチベーションが生まれ、リフティングボディの研究の素地となってきた。

ところで一般的に流体中に置かれた物体にはそれがどのような形状であってもある程度の揚力が発生するが、流体力学的に何ら工夫されていない形状では揚力に比して抗力が大きく、その物体を浮揚させるだけの揚力を得ることは困難である。そこでリフティングボディでは胴体を滑らかに、なるべく丸く整形することで抗力を可能な限り減少させ、かつ積極的に揚力を生み出すような形状(一種の翼型)にまとめている。このような工夫によって極力翼を小さくし、揚力と抗力の妥協を図っている。もちろんリフティングボディは一般的な翼に比べて浮揚力を生み出すには不利な形状であるため、一定の速度(低速時)においてはそれらに比べ発生揚力が大きく下回る。しかし、超音速や極超音速といった特殊環境下では発生抗力の小ささ故にむしろ通常の翼の性能を上回り、機体を支えるのに十分な揚力を供給することができる。

狭義の「リフティングボディ」は上記のようなコンセプトの基に作られたアメリカの一連の実験機のことを指すが、「浮揚力を発生させる胴体」という字義的な意味で慣用的に使用される場合も多く、通常の翼を有していても胴体で意図的にある程度の浮揚力を発生させている機体をリフティングボディ機に含めることもある。なお、機体全体が翼(薄翼)となっている全翼機とはその形態や応用目的の違いから区別されることが多い。また近年提唱されているブレンデッドウィングボディ( ⇒Blended Wing Body、略称BWB)と一見共通する部分もあるが、両概念の提唱や実証を行っているNASAアメリカ空軍ではそれらを別個のものとして扱っている。


主な歴史左からX-24A、M2-F3、HL-10。X-24から引き継いだリフティングボディを採用したX-38の三面図。風洞実験中のX-43の模型。

既述の通り「リフティングボディ」が固有名詞的に用いられる場合はNASAやアメリカ空軍の実験機群のことを指すが、以下ではそれに拘らず広い意味でリフティングボディとして言及されている機体も紹介する。

最初期に現れたリフティングボディ機はアメリカの航空機設計家ビンセント・ブルネリ( ⇒en:Vincent Burnelli)が1921年に開発したRB-1である[2]。RB-1は胴体幅が広く、その機軸にそった縦断面が分厚い翼型をしている特異な外観の複葉機であり、胴体で発生する揚力が機体の浮揚に貢献する設計となっていた。以後もブルネリは同様の航空機を設計したが、その多くは必要となる浮揚力の半分程度を胴体で発生させるというものであった。ただしブルネリの設計は後述するNASAの実験機のように高速性を狙ったものではなく、浮揚力の増大による効率の改善と搭載量の増加を意図したものであり、それは現代のBWBに通じるものであった[3]

リフティングボディがその狭義の概念と代表的な形態を確立するのは1950年代に本格的な宇宙開発が開始された後のことである。当時の宇宙船は大気圏への再突入時に滑空性と操舵性が考慮されていないカプセル型のものであったが、1950年代半ばにNACA(NASAの前身)のエームズ研究所が通常の飛行機と同様の着陸によって基地へ帰還できるような宇宙船の発案を行い、リフティングボディの概念が形成されることとなった。

エームズ研究所の案を初めて実行に移したのはドライデン飛行研究所のデール・リード(Dale Reed)率いるチームであり、1962年から機体の試作を行った。そうして翌1963年、外皮に合板を使ったグライダーであるM2-F1が完成し、自動車輸送機に曳航されて空力特性のテストが行われた。さらに同年、M2-F1で得られたデータを基に大出力ロケットエンジンXLR-11を搭載した全金属製の後継機M2-F2の製作が開始され、1966年にノースロップの手によって完成し、B-52に懸架されて空中分離・滑空試験が行われた。


ウラ写メ交換掲示板
■18歳以上「入口」■

[次ページ]
[オプション/リンク一覧]
[記事の検索]
[おまかせ表示]
[トップページ]
[ニュースをチェック!]
[列車運行情報]
Size:21 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Smilegreen