ラッツ&スター
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ラッツ&スター (RATS & STAR) は、日本音楽バンド。かつてはシャネルズ(CHANELS、後にSHANELSに変更)のバンド名で活動していた。4人のボーカルが顔を黒く塗り、ドゥーワップを歌っていたことで有名である。現在は活動を休止中。解散はしていない。
目次

1 メンバー

1.1 元メンバー


2 概要

3 楽曲について

4 主な作品

4.1 シャネルズ時代のシングル

4.2 ラッツ&スター時代のシングル

4.3 オリジナルアルバム

4.4 ベストアルバム


5 関連書籍

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メンバー

鈴木雅之(すずき まさゆき、1956年9月22日 - ) - リーダー。リードボーカル担当。現在もソロ歌手として活動中。

田代まさし(たしろ まさし、1956年8月31日 - ) - テナーボーカル担当(シャネルズ時代はバリトンボーカルを担当)。本名は田代政。グループ時代は「田代マサシ」の名で活動していたことが多かった。(田代まさし名義はソロでタレント活動を行うようになってから)迷惑行為防止条例違反(盗撮)、覚せい剤取締法違反などの罪に問われ、有罪判決を受け事実上芸能界を引退。

佐藤善雄(さとう よしお、1956年9月12日 - ) - バスボーカル担当。グループの活動休止後はプロデューサーに転身しゴスペラーズを世に送り出したことでも知られる。現在はインディーズレーベル「ファイルレコード」の社長。2006年4月、ゴスペラッツとして活動。

久保木博之(くぼき ひろゆき、1956年9月10日 - ) - トップテナーボーカル担当。

顔を黒く塗っていたのは上記の4人である。

桑野信義(くわの のぶよし、1957年4月4日 - ) - トランペット、ボーカル、フリューゲルホルン担当。現在はタレントとして活動。鈴木のソロツアーにも参加。顔を黒く塗っていないが、これは桑野自身が白人であるという設定のため。

出雲亮一(いずも りょういち、1958年3月21日 - ) - ギター(須川泰男在籍時はサイドギター担当)、ボーカル担当。現在はギタリストとして活動する傍ら、音楽スクールの「MAR WEST MUSIC SCHOOL」で講師を務めている。

新保清孝(しんぽ きよたか、1957年8月17日 - ) - ドラムス、ボーカル担当。


元メンバー

須川泰男(すがわ やすお、1960年4月29日 - ) - リードギター担当。後に仏門に入ったため脱退。

高橋進(たかはし すすむ、1960年5月24日 - ) - ベース担当。1984年2月脱退。

山崎廣明(やまざき ひろあき、1959年6月6日 - ) - キーボード(アコースティックピアノハモンドオルガン)担当。1984年2月脱退。


概要

1975年9月、鈴木が高校時代の仲間の田代、中学の時に同級生だった佐藤・久保木らとともにシャネルズを結成。この他に結成当初から在籍していたのは新保と高橋で、主に大森近辺出身のメンバーが集まり、自分達の仕事と並行して演奏活動をスタートさせた。当初はアメリカのオールデイズバンド「シャナナ」のコピーバンドとして主に活動しており、顔も黒く塗っておらず衣装もTシャツスカジャンというスタイルであった。1976年にはTBSのテレビ番組「ぎんざNOW!」に出演。その後一部メンバーの脱退が続いたが、その入れ替わりに鈴木の幼なじみである桑野と、中学時代は高橋と同級生だった須川が加入する。

1977年、当時最高峰のアマチュア・バンドコンテスト「EastWest'77」(主催・ヤマハ)に出場し、決勝大会まで進出して入賞を飾る。同コンテスト決勝大会には、サザンオールスターズ(入賞)、カシオペア(優秀グループ)が出場していてプロへの足掛かりを作っている。また大瀧詠一とこのころ関係を持ち始め、同年大瀧がプロデュースしたアルバム『LET'S ONDO AGAIN』に竜ヶ崎宇童とザ・モンスターズの名義で歌った曲が収録された。

EastWest'77でサザンオールスターズを始めとする他のバンドに圧倒されたメンバーは、シャネルズをもっと強く印象づけられるものが何かないか探していた。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki