ラジコンとは、操縦者またはコンピュータからの指示を、電波によって伝達し、その指示に従い動作する装置および方式、『ラジオ・コントロール』の略称である。Radio Controlの頭文字を採ってRCとも呼ばれる。
なお、「ラジコン」という名称は、玩具メーカー「増田屋コーポレーション」が商標権を保有しており、特にNHKでは商標を避けるために「無線操縦」(むせんそうじゅう)や「ラジオ・コントロール」と呼んでいる。
目次
1 概要
2 歴史
3 種類
3.1 制御方式による分類
3.2 電波の変調形式による分類
3.3 動力源による分類
3.4 使用目的による分類
4 構成
5 日本国内で使用可能な電波周波数
6 主要供給メーカー
6.1 国内
6.2 国内プロポメーカー
6.3 国内エンジンメーカー
6.4 過去にラジコン関連製品を販売していたメーカー
6.5 海外
7 関連項目
8 外部リンク
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遠隔操作されるもの一般を、リモート・コントロール(リモコン)と呼ぶが、有線のケーブルを用いて伝達するものに対して、かつて無線で伝達する通信手段としては電波がほぼ唯一の手段であった事により、無線操縦の玩具等は「ラジコン」という呼称が定着した。
のちに、電波に依らない無線方式(赤外線やレーザーなどの光を使うもの、超音波などの音を使うもの)も出現しているが、その特性からごく近い距離に用いられる事が多く、遠隔操縦の方式としては、ラジオコントロールが主流である。
その他の遠隔操作方式として、かつては模型飛行機の操縦に2本のワイヤーを用いたUコン(Uコントロール)という方式があったが、今はほとんど見かけない。
一般的には、主に趣味の模型分野に利用され、航空機・自動車・戦車・船舶などの模型(動力は、ガソリンエンジン、グローエンジン、ロータリーエンジン、電動モーター)を、操縦者が搭乗している如くに、離れた位置からコントロールするために用いられるものがよく知られているが、模型操縦以外にも、軍事用や地学調査用などの分野や、農薬散布用ヘリコプター、クレーンなどの産業用機械などにも用いられている。
元々、軍用の標的機、誘導弾として開発が進められてきた経緯がある。古くはニコラ・テスラが無線操縦の船を試作したり、我が国でも昭和5年に日比谷公園で無線操縦戦車の実験が公開されたり、標的艦「攝津」が運用された記録がある。近年、無人機が活躍しているニュースを聞くが、何も今になって始まった事ではなく、冬戦争や第2次大戦初期にソ連の赤軍は ⇒テレタンクと呼ばれる無線制御の無人戦車を投入し、ドイツ軍も大戦中に無線誘導弾フリッツXやフンクレンクパンツァー無線誘導戦車を実戦に投入し、フリッツXはイタリアの戦艦「ローマ」を撃沈する等の戦果を上げた。戦後、それらの技術が波及し、現在に至る。ホビー用のラジコンとしては「ラジコン」の商標を持つ増田屋斎藤貿易が昭和30年にラジコンバスを発売した。当時、高価だったトランジスタや真空管を使用せず、火花送信機とコヒーラ検波器を使用していた。当時の所得水準から判断すると高価で主に輸出され、外貨獲得に貢献した。当時、国内での電波法の認可は順調に取れたが、米国での認可には時間がかかり、翌年の夏に発売された。ソニーの創業者達も分解してその構造に驚いたと言う。また、増田屋斎藤貿易は他に、専用の笛から出る音で操縦するソニコンも製造した。ラジコン、ソニコンはそれぞれ当時、同社の主力製品であったブリキ製のバスや自動車、ロボット、戦車等に搭載された。国内では火花送信機とコヒーラ検波器を使用した無線操縦装置を趣味の世界に持ち込んだのは増田屋斎藤貿易という認識が一般的にはあるが、ラジコンバスの販売をさかのぼる事、18年、昭和12年、朝日屋から出版されていた「科学と模型」誌に同種の科学模型の製作記事が掲載されていた事は特筆に価する。正に、科学雑誌を標榜する同誌の面目躍如と言った所だろう。