ラグビー (Rugby) は、フットボールの一種であり、正式にはラグビー・フットボール (Rugby football) と呼ばれる。2つのチームに分かれて行われ、楕円形のボールを奪い合って相手陣のインゴールまで運ぶ、あるいはH型のゴール上部に蹴り入れて得点を競うスポーツである。
ヨーロッパ(イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、フランス、イタリア、(イングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズはホームユニオンと称される)やオセアニア(オーストラリア、ニュージーランド、サモア、フィジー、トンガ)および南アフリカ、アルゼンチンで人気の競技である。 かつて日本ではラ式蹴球(しゅうきゅう)とも呼んでいたが、サッカー(ア式蹴球)と混同されるため、ラグビーと呼ぶ言い方が定着した。単に「蹴球」と呼ぶ場合、昔はラグビーを指したが、サッカー人気が定着してからはサッカーを指す様になった。 日本式呼称は闘球(とうきゅう)。
目次
1 歴史
1.1 ラグビーユニオンとラグビーリーグ
2 日本におけるラグビー
3 ルール(ラグビーユニオン)
4 ラグビーのポジション
5 ラグビーの大会
5.1 テストマッチ
5.2 ラグビー・ワールドカップ
5.3 シックス・ネイションズ(6か国対抗戦)
5.4 トライネイションズ(南半球3カ国対抗戦)
5.5 IRBパシフィック・ネイションズ・カップ
5.6 欧州ネイションズカップ
5.7 スーパー14
5.8 ハイネケンカップ
5.9 プレミアシップ
5.10 日本国内の大会
6 関連競技
7 関連項目
8 外部リンク
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ラグビーの起源は、「1823年、イングランドの有名なパブリックスクールのラグビー校でフットボールの試合中、ウィリアム・ウェッブ・エリス (William Webb Ellis) がボールを抱えたまま相手のゴール目指して走り出した」ことだとされている。1840年頃にはボールを持って走る「ランニングイン」が確立し普及しだしたのは確かだが、その第1号がエリス少年だったかどうかは諸説ある。しかしエリスが最初にボールを持って走ったという証言が記してある文章がラグビー起源を調べるうえで最古の文献だということは間違いないし、起源たる発明者の対象として名前が分かっている人物はエリスただ一人である。
なお当時のフットボールは手を使うこと自体はルールとしてそれ以前でも許されていた。エリス少年がルールをやぶったとされるのはボールを手で扱うことではなく、ボールを持って走った行為。エリス少年自体は実在の人物で、1806年にマンチェスター近郊で生まれ、ラグビー校では少なくとも3シーズン、フットボールをプレーしている。オックスフォード大に進み、卒業した後は牧師となり、病気療養のために渡った南フランスで没したことが確認されている。享年65歳。南仏コートダジュールの小都市・マントンに墓地がある。ラグビーとクリケットを愛したと伝えられている。
ラグビー校ではラグビーのルーツ以外にも多くの習慣が生まれており、イングランド代表の白いジャージの元になった白いシャツとショーツと紺色のストッキング、ハーフタイムにサイドをチェンジする習慣、インターナショナル代表がかぶるキャップ、H型のゴールポスト、楕円球のボールなどラグビーの起源を示すような証拠が多くこの学校から生まれた。
なお、日本では「フットボールの試合中」というところを「サッカーの試合中」と誤訳している文献が散見される。英国では一般的に「フットボール」という言葉はサッカーを表すので、英語の文献で“Football”となっているところを、翻訳者が「サッカー」と誤訳したのだろう。
当時はまだサッカーというスポーツは確立されておらず、サッカーとラグビーは未分化であったので、正確には「サッカー」ではなく「フットボール」か「原始フットボール」となる。
この「原始フットボール」とは中世イングランドに起源をさかのぼる。数千人の大人数が手と足を使って町と町の対抗戦として原始的な「フットボール」を行っていた。ちなみに1点先取で勝負を決めていたことから、長時間続けるために得点するのを難しくしようとオフサイドが生まれ、今日のラグビーにもルールとして生き永らえている。