ラオスの歴史
先史時代
南詔国 (629 - 902)
民族移動時代 (8世紀 - 13世紀)
スコータイ王国 (1238)
チェンマイ王国 (1296)
ラーンサーン王国 (1353 - 1707)
三王国時代 (1707 - 1779)
ヴィエンチャン王国
ルアン・プラバーン王国
チャンパーサック王国
シャム属領時代 (1779 - 1893)
フランス植民地時代 (1893 - 1949)
ラオス王国 (1950 - 1975)
ラオス人民民主共和国 (1975 - 現在)
本項では、ラオスの歴史について記述する。
目次
1 歴史
1.1 ラーオ族前史
1.2 ラーンサーン王国の建国
1.3 ラーンサーン王国時代
1.4 ラーンサーン三王国時代
1.4.1 ヴィエンチャン王国
1.4.2 ルアン・プラバーン王国
1.4.3 チャンパーサック王国
1.5 シャム属領下時代
1.5.1 ヴィエンチャン王国
1.5.2 ルアン・プラバーン王国
1.5.3 チャンパーサック王国
1.6 フランス植民地時代
1.7 ラオス王国の独立
1.8 民族解放戦争時代
1.9 ラオス人民民主共和国の成立
2 年表
2.1 先史時代
2.2 南詔時代
2.3 民族移動時代
2.4 ラーンサーン王国時代
2.5 ラーンサーン三王国時代
2.6 フランス植民地時代
2.7 ラオス王国時代
2.8 ラオス人民民主共和国時代
3 脚注
4 関連項目
5 参考文献
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ラーオ族による統一国家の出現は1353年のラーンサーン王国であるが、それ以前から民族としての活動は活発に行われていた。[1]ラーオ族の発祥はアルタイ山脈の麓あたりとされており、年代を経るにつれて南下をしている事が分かっている。紀元前5000年頃には既に黄河や揚子江の中間あたりまで南下を進めており、ゴビ砂漠に興った漢民族に押し出される形で現在の四川省近辺に移住し、そこに都市国家(ムアン)をつくった。
紀元前1000年頃には西安の北西にムアン・ルン、現在の重慶の位置にムアン・パー、長沙近辺にムアン・ギャオという都市国家を作っており、周の皇帝がムアン・パーに使節を派遣したことなどが記されている[2]。その後紀元前853年にはタタール族が北方より侵出を始め、ラーオ族はムアン・ルンを破棄しムアン・パーへ移住している。