ミール(Мир, Mir, ロシア語で「平和」または「世界」の意)は旧ソビエト連邦によって、1986年2月19日に打ち上げられた宇宙ステーション。サリュートの後継機。
基本モジュールはサリュート6・7号とほぼ同じものを使用しているが、片側に球状をしている多方面ドッキングモジュールが付いている。これを利用して1996年までの10年間に複数のモジュールが打ち上げられ、それらが結合することによって構成されている。
1990年代にアメリカ合衆国主導の国際宇宙ステーション計画へロシア連邦の参加が決定し、ミールに日米欧のモジュールを増設させる構想があった。だが1995年の輸送船衝突事故以降、施設の老朽化と陳腐化が関係者の間で問題となり、またロシア側が新たな基本モジュール(名称:ズヴェズダ。実際にはミールの基本モジュールと殆ど変わらない)打ち上げに意欲を示したことから、国際宇宙ステーションに飛行士が滞在するのに合わせて廃棄する事となり、2001年3月23日に大気圏に突入した。15年もの間、旧東側諸国を中心にアメリカや北欧からも100人以上の宇宙飛行士が訪れたのである。
なお、予備機が北海道苫小牧市に展示されている。
目次
1 歴史
2 搭載機器にまつわる話
3 関連項目
4 外部リンク
4.1 日本語サイト
4.2 英語サイト
5 参考文献
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歴史
1986年2月19日、本体モジュールの打ち上げ。
1990年12月にはTBSの秋山豊寛が宇宙特派員として日本人初の宇宙飛行を達成、ミールから9日間に渡る宇宙リポートを行った。
1995年6月30日、アメリカ合衆国のスペースシャトル「アトランティス号」がドッキングした。米露のドッキングは1975年のアポロ・ソユーズテスト計画以来であり、これ以降数度にわたってスペースシャトルがドッキングしている。
1997年6月25日に無人宇宙輸送船プログレスの手動ドッキングテスト時の姿勢制御不良で太陽電池パネルに衝突する事故が発生し、ミールは船体に大きな損傷を受けた。それにより、衝突時応力によるコーミング運動による姿勢制御不良で太陽電池パネルからの発生電力を喪失、また空気漏れ等により酸素が不足する状況に陥った。さらに大気圏再突入の危機にもさらされたが、ソユーズの緊急運用によりかろうじて復旧している。
2001年3月23日に南太平洋上の大気圏に再突入、廃棄処分された。
搭載機器にまつわる話
画像処理などの用途でSONYのHB-G900(MSX2)が搭載されていた。経緯に関してはMSXと冷戦を参照の事。
MSXパソコン愛好家の間では愛着を込めて「MSXを搭載した宇宙船」として認識されていた。本船の再突入海没処分の話題を語るとき、「MSXが欲しい者は回収して使用したらどうか」と言う冗談のやり取りが同機愛好家の間でちょっとした流行りとなり、ミール廃棄前後、複数のMSX関連サイトでも度々紹介されていた。
宇宙と言う場所にありながら、宇宙飛行士が数ヶ月単位で長期滞在するために、ゲーム、音楽の入ったCDやテープ、さらには酒やアダルトビデオもミールに持ち込まれたと言われる。
日本語サイト
⇒苫小牧市科学センター ミール展示館 公式HP
⇒苫小牧市科学センター訪問記
⇒苫小牧のミール
⇒”苫小牧市科学センター「ミール展示館」”
⇒宇宙の方船に乗って・・・未来を探る旅へ
⇒さよならミール Kohei&Tomokaの宇宙ステーション「ミール」見学記
⇒ミールの飛行士、来苫決定 ※ 二節目
⇒宇宙ステーションへの道
⇒ミール宇宙ステーション(打ち上げ)
⇒ミールステーションの記録
⇒ガチャピン宇宙へ行く
⇒ガチャピンの宇宙飛行士訓練日記