ミンスク(ベラルーシ語:М?нскミーンスク)は、ベラルーシ共和国の首都である。国の中央部に位置し、人口は約180万人。北緯53度55分、東経27度33分。独立国家共同体(CIS)の本部が置かれている。ベレジナ川の支流シヴィスワチ川の河畔に広がる。
気候は亜寒帯湿潤気候で7月の平均気温は18度、1月の平均気温は-7度。市街は9つの地区に分かれている。特に自動車工業が盛ん。
ミンスクの名は、一説に、商業都市としての歴史を反映し、「交換取引」を意味するмена(miena)が語源。
目次
1 歴史
2 交通
3 姉妹都市
4 関連項目
5 外部リンク
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歴史主要記事: ⇒History of Minsk
10世紀ごろ、ミンスクは、ヴァイキングの支配するポロツク公国の版図に含まれていた。1067年、ニアミハ川河畔でポロツクとキエフ大公国のあいだで激しい戦闘があったことを記した史料で、ミンスクの名が初めて確認される。
1101年、ミンスク公国の首都となるが、1326年にリトアニア大公国に併合。リトアニア大公国は1386年にポーランド・リトアニア連合となる。1499年に都市として認められた。1569年にルブリン合同によって、リトアニア大公国は消滅するが、1574年にポーランド王国は、選挙王政になったため、事実上の共和制となった。
1655年、ポーランドの大動乱に介入したロシアのツァーリ、アレクセイがミンスクを占領するが、戦後ポーランド王ヤン2世カジミェシュ(1648年-1668年)に返還された。1793年の第2回ポーランド分割によって、ロシアに併合される。1812年にはフランス軍がミンスクを一時占領。
19世紀後半に、ミンスクを経由するモスクワ・ブレスト間の鉄道が開通し、ミンスクは重要な鉄道の分岐点として発展した。1897年の人口は91,494人で、そのうちの3分の1はユダヤ人であった。
1919年から1920年のポーランド・ソ連戦争時、ミンスクは一時ポーランドに支配された。その後、リガ講和条約によってソビエト連邦に帰属され、白ロシア・ソビエト社会主義共和国の首都とされた。
第二次世界大戦の際には、ミンスクを含む一帯がソヴィエトのパルチザンの拠点となった(そのことにより、1974年、ミンスクはソヴィエト当局より「英雄都市」の称号を与えられた)。大戦で市街はほぼ完全に破壊され、残っていた教会などもその後ソヴィエト政府によって爆破された。
第二次世界大戦後、町は周囲の村を組み込みながら急速に復興した。1986年のチェルノブイリ原子力発電所の事故の後、被害を受けた地方の住民の多くがミンスクに移り住んだ。
交通主要記事: ⇒Minsk Metro
市内の公共交通は、バスやトロリーバスが中心である。1984年に地下鉄が開通し、2008年現在で2路線が走っており、総延長は30.3kmである。現在、延伸工事が行われており2011年頃には総延長が35.5kmまで伸びる見込みである。また、3番目の路線が計画されている。
空港は2つあり、南部のミンスク第1空港は国内線、東部のミンスク第2空港は国際線を扱う。国際線は、オーストリア、フランス、ドイツ行きなどが運航されている。
ミンスクは多様な国々の複数の姉妹都市と文化的交流を続けている:
バンガロール(インド)
デトロイト(アメリカ合衆国)
アイントホーフェン(オランダ王国)
リヨン(フランス共和国)