ミヒャエル・エンデ
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ミヒャエル・エンデ(Michael Ende, 1929年11月12日 - 1995年 8月29日)は、メルヘンのお膝元、ドイツ児童文学作家。ドイツ南部のガルミッシュ=パルテンキルヒェンで生まれた。父はシュールレアリスム画家のエドガー・エンデ。日本と関わりが深く、1989年に『はてしない物語』の翻訳者佐藤真理子と結婚している。また、日本の黒姫童話館にはエンデに関わる多くの資料が収集されている。
目次

1 年譜

2 作品一覧

2.1 児童文学

2.2 その他


3 関連項目

4 外部リンク

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年譜

1929年 11月12日、バイエルン州ガルミッシュで生まれる。この頃からナチスが台頭し、ミヒャエルが小学校に入学する頃、父エトガーが「退廃芸術家」の烙印を押され、生活が苦しくなった。

1941年 ギムナジウムを落第。

1945年 16歳の時、疎開した14?15歳の少年が軍に徴兵され、一日訓練を受けた後、前線に送られ、初日に学友3名が戦死する。ミヒャエルにも召集令状が来たが、彼は令状を破り捨て、ミュンヘンまでシュヴァルツヴァルトの森の中を夜間のみ80km歩いて、疎開していた母の所へ逃亡。その後、近所に住むイエズス会神父の依頼でレジスタンス組織「バイエルン自由行動」の反ナチス運動を手伝い、伝令としてミュンヒェンを自転車で駆け回った。

1948年 戦後に転入したシュタイナー学校を退学、演劇学校に入学。

1950年 演劇学校卒業。1シーズンだけ舞台に立つ。

1951年 女優インゲボルク・ホフマンと知り合う。

1953年 父、息子とほぼ同年の愛人と同棲。ミヒャエルは絶望した母を精神的、経済的に支える。

1961年 『ジム・ボタンの機関車大旅行』がドイツ児童文学賞をとり、生活が安定。

1964年 インゲボルク・ホフマンと結婚イタリア移住。

1972年 『モモ』完成。

1977年 日本訪問。歌舞伎を鑑賞。僧と対談する。

1979年 『はてしない物語』完成。

1985年 妻インゲボルク・ホフマン死亡。ミュンヘンに戻る。周囲にドイツ語を話す人がいなくなったことが帰国理由。

1989年 「エンデ父子展」のため再来日。『はてしない物語』の翻訳者佐藤真理子と結婚。

1995年 8月28日、胃癌により66歳で死去。葬儀はミュンヘンのキリスト者共同体で執り行われた。


作品一覧

岩波書店から『エンデ全集』(全19巻)が出されている。その他にエンデは絵本作品も手がけている。


児童文学

『ジム・ボタンの機関車大旅行』 Jim Knopf und Lukas der Lokomotivfuhrer 1960年 (テレビアニメ『ジムボタン』のベースとなった)

『ジム・ボタンと13人の海賊』 Jim Knopf und die Wilde 13 1962年

モモ』 Momo 1973年

はてしない物語』 Die unendliche Geschichte 1979年


その他

『鏡のなかの鏡?迷宮?』

『遺産相続ゲーム』

『自由の牢獄』

『魔法のカクテル』

サーカス物語

『ハーメルンの死の舞踏』

『影の縫製機』

『おとなしいきょうりゅうとうるさいちょう』

サンタ・クルスへの長い旅

がんばりやのかめトランキラ』(絶版)

『はだかのサイ』


関連項目

ラルフ・イーザウ - 晩年のエンデに見出された作家


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki