就役直後、グアンタナモ湾に停泊するミズーリ。特徴的な三色迷彩が施されている。
艦歴
発注1940年6月12日
起工1941年1月6日
進水1944年1月29日
就役1944年6月11日
退役1992年3月31日
その後記念艦として公開
性能諸元
排水量基準:48,500トン
満載:53,000トン
全長270.4m
全幅32.98m
吃水11.58m
最大速33ノット
乗員士官・兵員:1,851名
兵装
194450口径40.6cm砲9門
38口径12.7cm砲20門
56口径40mm対空砲80門
70口径20mm対空砲49門
196850口径40.6cm砲9門
38口径12.7cm砲20門
198350口径40.6cm砲9門
38口径12.7cm砲12門
トマホーク巡航ミサイル32発
ハープーン対艦ミサイル16発
ファランクス20mmCIWS4基
ミズーリ (USS Missouri, BB-63) はアメリカ海軍の戦艦。アイオワ級戦艦の3番艦。艦名はミズーリ州に因んで命名された。その名を持つ艦としては3隻目。太平洋戦争での日本の降伏調印式場となる。当時の大統領トルーマンの出身州に因んで同艦が選定された。1999年からは、ハワイ州パールハーバーで記念艦として保存されている。
目次
1 艦歴
1.1 第二次世界大戦
1.2 降伏文書調印式
1.3 戦後
1.4 朝鮮戦争
1.5 再就役と湾岸戦争
1.6 退役
1.7 現在の状態
2 舞台として
2.1 映画
2.2 ゲーム
3 註記
4 関連項目
5 参考文献
6 外部リンク
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「Mighty Mo」あるいは「Big Mo」の愛称で呼ばれたミズーリは1940年6月12日に建造発注され、ブルックリンのニューヨーク海軍工廠1941年1月6日に起工、1944年1月29日にメアリー・マーガレット・トルーマン(ミズーリ州選出上院議員ハリー・S・トルーマンの娘)によって命名、進水する。1944年6月11日にアメリカ海軍最後の戦艦として就役する。
ニューヨーク沖での慣熟訓練及びチェサピーク湾での戦闘訓練の後、ミズーリはノーフォークを11月11日に出航、パナマ運河を11月18日に通過しサンフランシスコで艦隊旗艦としての最終調整を行う。就役直後は灰色2色に黒を交えた雲形迷彩 (Ms.32/22D) が施されていた。サンフランシスコを12月14日に出航し、12月24日に真珠湾に到着する。1945年1月2日にハワイを出発し1月13日にウルシー泊地に到着、そこでマーク・ミッチャー海軍中将率いる第58任務部隊臨時司令部に任ぜられる。ミズーリは1月27日にレキシントン任務グループの護衛任務に出発、2月16日に空母部隊は1942年4月1日のドーリットル空襲以来の日本本土空襲を行う。
その後ミズーリは空母部隊と共に硫黄島に向かい、2月19日の上陸作戦に対して支援艦砲射撃を行う。第58任務部隊は3月5日にウルシー泊地に帰還し、ヨークタウン空母任務グループへ配属される。3月14日にウルシー泊地を出航、部隊は日本本土に向かう。3月18日に開始した瀬戸内海沿岸に対する攻撃で、ミズーリは4機の日本軍機を撃墜した。
瀬戸内海および本州南西部の飛行場、海軍基地に対する攻撃は継続された。日本軍の反撃により3月19日にフランクリン (USS Franklin, CV-13) が2発の爆弾を被弾し大きな損害を受ける。フランクリンは14ノット(26km/h)の速度で重巡洋艦ピッツバーグ (USS Pittsburgh, CA-72) に牽引された。ミズーリの空母機動部隊はフランクリンの護衛を3月22日のウルシー泊地到着まで行う。その後沖縄攻略前の艦砲射撃のため再び日本に向かう。