ミゲル・テハダ
Miguel Tejada
ヒューストン・アストロズ No.10
基本情報
国籍 ドミニカ共和国
出身地ドミニカ共和国ペラビア州バニ
生年月日1974年5月25日(34歳)
身長
体重5' 9" =約175.3cm
215 lb =約97.5kg
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置遊撃手
プロ入り1993年 ドラフト外
初出場1997年8月27日
年俸$14,811,415[1](2008年)
経歴
オークランド・アスレチックス(1997年 - 2003年)
ボルチモア・オリオールズ(2004年 - 2007年)
ヒューストン・アストロズ(2008年 - )
■Template ■ウィキプロジェクト 野球選手
ミゲル・オダリス・テハダ(Miguel Odalis Tejada、1974年5月25日 - )は、ドミニカ共和国ペラビア州バニ出身の野球選手。遊撃手、右投右打。現在はMLBヒューストン・アストロズに所属している。11人兄弟の末っ子で、ハリケーン難民からメジャーリーガーへと成り上がった。
目次
1 経歴
1.1 オークランド・アスレチックス
1.2 ボルチモア・オリオールズ
1.3 ヒューストン・アストロズ
2 年齢詐称
3 タイトル・記録
4 年度別打撃成績
5 脚注
6 外部リンク
//
1993年7月17日、オークランド・アスレチックスと契約金2,000ドルで入団する[2]。
1997年のリーグで最も若い選手として8月27日、オークランド・アスレチックスからメジャーデビュー。26試合に出場して打率.202、2本塁打、10打点を記録した。1998年5月30日にメジャー昇格後105試合に出場して打率.233、11本塁打45打点を記録した。
1999年、初めて1年間メジャーでプレーした。チーム最多の159試合に出場して[3]、打率.251、21本塁打、84打点を記録した。2000年、チームメートのジェイソン・ジオンビがMVPを受賞し、テハダは遊撃手としての球団新記録、この年のメジャーの遊撃主としてはアレックス・ロドリゲスに次ぐ30本塁打、115打点を記録した[4]。チームは8年ぶりの地区優勝でポストシーズンへ進出したがヤンキースに2勝3敗で敗退。
2001年は初めて全162試合に出場した年になった。31本塁打を放ち、前年に続き遊撃手としての球団シーズン本塁打記録を更新した。4月14日のレンジャーズ戦でケニー・ロジャースから球団通算10,000本塁打となる本塁打を放っている[5]。昨年に続きワイルドカードでポストシーズンへ進出したがヤンキースに2勝3敗で敗退。
2002年、打率.308と初めて3割を超え、球団史上1938年のウォーリー・モーゼス以来となるシーズン200本安打を達成した[6]。34本塁打・131打点と自身が持つ遊撃手としての球団記録をさらに更新した。7月9日に行われたオールスターに初めて選出されると、2004年からは3年連続で選出されるようになった。2シーズン終盤、チーム20連勝・逆転でのポストシーズン進出の原動力となり57本塁打を記録したアレックス・ロドリゲスを抑え、MVPを獲得している[7]。
2003年5月10日まで打率が1割台で推移したが、最終的に打率は.278で27本塁打106打点を記録した。連続試合出場を594まで伸ばし、球団記録となった。シーズン終了後の10月27日FA宣言をし、12月18日、6年総額7,200万ドルでボルチモア・オリオールズへ移籍。