ヘブライ聖書 または
旧約聖書
詳細は正典を参照
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ユダヤ教とプロテスタントが除外:
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ユディト
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知恵
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ダニエル書補遺
エステル記補遺
東方正教会が含む:
エズラ 1
マカバイ 3, 4
マナセの祈り
続詩篇
ロシア正教会とエチオピア正教会が含む:
エズラ 2
エチオピア正教会が含む:
ヨベル
エノク
1-3 ⇒Meqabyan
ペシッタ訳聖書が含む:
詩篇第152-155篇
バルク 2
『マナセの祈り』(マナセのいのり)とは、旧約聖書文書のひとつ。西方教会では一般に旧約外典として扱われ、正教会等においては旧約聖書正典に分類される。1章からなる。日本正教会ではイウデヤ王マナシヤの祝文(-しゅくぶん)と呼ばれる。
15節からなる。題名が示すとおり、全文がひとつの祈りとして書かれている。神におのれの罪を告白し、へりくだって許しを請う内容である。激しい悔恨が文書の大部分を占めるものの、終結部では、神への信頼、祈りが聴き届けられ、神と和解する希望への確信が歌われ、その調子は必ずしも陰鬱なものではない。
題名が示すとおり、この文書はユダヤの王マナセに帰せられる。旧約聖書において、マナセはヤハウェ崇拝を堅持しなかった悪王として知られており、『列王記』下24:3-4では「ユダが主の御前から退けられることは…マナセの罪のため、彼の行ったすべての事のためであり…主はそれを赦そうとはされなかった」とあるようにバビロン捕囚の原因とまでいわれている。しかし『歴代誌』下によれば、 捕らえられたマナセはへりくだって神に祈り、帰国を許されたとされる(『歴代誌』下33:11-13)。
この文書は、マナセの回心に関連づけられる。しかし、『歴代誌』の該当箇所には直接の言及がない、孤立した文書である。七十人訳聖書に収録されるが、著作場所や元来の言語などの書誌的情報について、現在の文献学研究では不明であるとしている。
マナセの祈りは使徒教憲に引用されたことがある。
正教会の典礼(奉神礼)においては、大斎の晩堂課において朗誦される。
外部リンク
⇒イウデヤ王マナシヤの祝文(日本正教会版)
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カテゴリ: キリスト教スタブ | 外典 | 旧約聖書
更新日時:2008年2月23日(土)02:35
取得日時:2008/08/13 14:01