Madrid州 マドリード州
面積607km?
標高667m
人口3,128,600人(2006年)、第1位
人口密度5,198人/km?
⇒40°24'N 3°42'W
マドリード(Madrid)は、スペインの首都。
目次
1 概要
2 発音・表記
3 歴史
3.1 中世
3.2 ルネッサンス期
3.3 近代
3.4 20世紀
3.5 21世紀
4 観光
5 地域
6 交通
6.1 鉄道
6.2 空港
7 教育
8 スポーツ
8.1 サッカー
8.2 バスケットボール
8.3 その他
9 マドリード出身の著名人
10 姉妹都市
11 外部リンク
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スペインの行政の中心地(首都)であり、イベリア半島の経済の中心地の1つである。また、マドリード州の州都でもあり、マドリード県(マドリード州の唯一の県)の県都でもある。
人口は約313万人で、マドリード首都圏( ⇒Madrid Metropolitan Area)の人口は580万人に上る。EUの都市では、ロンドン、ベルリンに次いで人口が多く、欧州を代表する世界都市とされる。また、欧州の首都の中では最も標高が高い。
スペイン中央部のメセタ地帯のマンサナーレス川沿いに広がる。近郊にはモストレス、アルカラ・デ・エナレス、ヘタフェなどの都市があり、マドリード首都圏を形成している。
スペイン語では、Madridの語末の「d」はほとんど発音されず、「マドリー」[ma???i] (太字はアクセント)となるのが一般的である。ただし、マドリード首都圏の発音では、語末の「d」を無声の[θ]で発音するので、「マドリース」 [ma???iθ]となる。その他、「マドリードゥ」[ma???i?]と発音する人もいる。
英語発音から「マドリッド」とも表記される。漢字による当て字は馬徳里。
マドリードの地には、先史時代から人間が住んでいた。ローマ時代には、コンプルトゥム(現在のアルカラ・デ・エナレス)の司教管区に属していた。マドリードが最初に歴史の記録に残されたのは、9世紀に後ウマイヤ朝のムハンマド1世が現在の王宮の位置に、小さな宮殿の建設を命じたときである。この宮殿のそばには小さな要塞が建てられた。近くのマンサナーレス川はアラビア語で「アル・マジュリート」(???????、「水の源」の意)と呼ばれ、そこからこの地は「マジェリト」と呼ばれるようになり、現在の「マドリード」となった。
1085年に要塞はトレドに向かう途上のアルフォンソ6世に征服され、モスクは教会に建て替えられた。1329年、フェルナンド4世に助言するための最初の議会(Cortes Generales)がこの都市で開かれた。セファルディム(ユダヤ教徒)やイスラム教徒もここに住み続けたが、15世紀の終わりに追放された。エンリケ3世の時代には、都市は大火のあとに再建され、王は城壁外のエル・パルドに住んだ。
ルネッサンス期レティーロ公園の外にあるアルカラ門。商人が日曜の市のためにマドリードに入るのに使われた。
カスティーリャ王国(首都トレド)とアラゴン王国(首都サラゴサ)が連合したのち、16世紀にカルロス1世の元でスペイン王国としての融合が進んだ。1561年にフェリペ2世が宮廷をマドリードに移した。