ダグラス・マッカーサー
Douglas MacArthur
1880年1月26日 ? 1964年4月5日(84歳)
ダグラス・マッカーサー陸軍元帥
愛用したことで知られるコーンパイプを
燻らしている。1945年。
生誕地 アーカンソー州、
リトルロック
死没地 ワシントンD.C.
所属組織アメリカ合衆国陸軍
軍歴1903年?1937年、1941年?1951年
最終階級陸軍元帥
指揮連合軍最高司令官
戦闘第一次世界大戦
第二次世界大戦
朝鮮戦争
賞罰議会名誉勲章
旭日章
ダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur, 1880年1月26日 - 1964年4月5日)は、アメリカ軍の将軍(元帥)で、名誉勲章の受章者である。
目次
1 生涯
1.1 生い立ち
1.2 陸軍入隊
1.3 フィリピン生活
1.4 太平洋戦争
1.5 GHQ最高司令官
1.6 大統領選
1.7 朝鮮戦争
1.7.1 仁川上陸作戦
1.7.2 更迭
1.8 引退
1.9 マッカーサーのアメリカ議会証言録
2 日本についての発言・エピソード
2.1 「目玉焼き事件」
2.2 昭和天皇との会見
2.3 「12歳」発言
2.4 ICU創設
2.5 その他
3 彼を取り上げた作品
4 脚注
5 参考文献
6 関連項目
7 外部リンク
//
1880年、軍人である父の任地であったアーカンソー州リトルロックの兵営内の宿舎で生まれた。父のアーサー・マッカーサー・ジュニア中将は南北戦争の退役軍人であり、名誉勲章を受章している。フィリピンでは初代軍政総督も勤めた人物であり、ダグラスは親子2代でフィリピンに縁があった。母のメアリー・ピンクニー・ハーディ・マッカーサーはヴァージニア州ノーフォーク生まれで、ダグラスは基地内で育った。兄のアーサーはアメリカ海軍兵学校に入学し、海軍大尉として1923年に死亡。弟マルコムは1883年に死亡。甥のダグラス・マッカーサー2世は日本駐箚アメリカ合衆国大使となる。 フランクリン・ルーズベルト、ウィンストン・チャーチルらとは遠戚関係にある。
1899年にウェストポイントアメリカ陸軍士官学校にトップ入学し、1903年に陸軍少尉で卒業した。この時期、マッカーサーの母は学校の近くのホテルに移り住んでいた。その成績はアメリカ陸軍士官学校史上抜群で、彼以上の成績で卒業した者はこれまで2名しかいない(ロバート・リーがそのうちの一人である)。