マグダラのマリアは新約聖書中福音書に登場するイエスに従った女性である。マリヤ・マグダレナとも転写される。
キリスト教の主要教派(カトリック教会、正教会、聖公会等)ではいずれも聖人に列せられている。西方教会での記念日(聖名祝日)は7月22日である。正教会では、固有の記憶日に加え、復活祭後第二主日を「携香女(けいこうじょ)の主日」として他の聖人とともにマグダラのマリアを記憶する。
マグダラのマリアは、イエスの死と復活を見届ける証人であるとともに、「悔悛した罪の女」として多くの伝説に色どられ、永く人々を魅了してきた。
「罪の女」の項目も参照。マグダラのマリア (19世紀、アリ・シェフェールによる)
目次
1 福音書中の聖女
1.1 四福音書中の記述
1.2 外典の記述
2 伝説
2.1 伝説の概略
2.2 名前の由来
2.3 娼婦だったか?
2.4 イエスと結婚していた?
3 キリスト教美術における表現
3.1 絵画・最後の晩餐
4 聖女に因む名前
5 関連項目
6 注釈
7 関連書籍
8 外部リンク
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マグダラのマリアについて四福音書がはっきり語っているのは、悪霊に憑かれた病をイエスによって癒され、磔にされたイエスを遠くから見守り、その埋葬を見届けたこと。そして、復活したイエスに最初に立ち会った一人とされる。『マタイによる福音書』などによれば、彼女は復活の訪れを弟子(使徒)たちに告げるため遣わされた。このため彼女は初期キリスト教父たちから「使徒たちへの使徒」 (the Apostle to the Apostles) と呼ばれた。
マグダラのマリアともう一人のマリアは、安息日が終わって、週の初めの日の明け方にイエスの納められている墓に向かった。その時、大地震が起こり、墓の入り口を塞いでいた大きな石が転がり、墓の入り口が開いた。マタイによる福音書によると、それは天使の仕業であり、墓の中にはイエスの遺体はなく、天使にイエスの復活を告げ知らされた婦人たちは
『恐れながらも大いに喜び、急いで墓を立ち去り、弟子たちに知らせるために走って行った。』(マタイによる福音書28章8節 新共同訳による)
しばらくしていつの間にかマグダラのマリアのそばには復活したイエスがついていたが、最初、彼女はそれがイエスだとは気づかなかった。「マリア」と呼びかけられてやっと、彼女はそうと気づいた。
『彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。』(ヨハネによる福音書20章16節 新共同訳による)
そこで、イエスは自分に触れようとするマグダラのマリアに、父である神のもとへ上る前であるため、触れないようにと言われた。( ⇒Noli me tangere)(ヨハネによる福音書20章17節 新共同訳による)
また、他の弟子たちにイエスの復活を告げ知らせるようにと言われたのである。
20世紀になって、『(マグダラの)マリアによる福音書』(断片のみ)、ナグ・ハマディ写本からは『トマスによる福音書』、『フィリポによる福音書』などが発見された。
これら外典の中にマグダラのマリアは、イエスとの親密な様子のみならず、男性たちと並ぶイエスの弟子として現れる。これら最新の聖書研究はイエス宣教の旅での女性たちの役割や、マグダラのマリアの地位を見直させる[要出典]こととなった。
外典の記述については外部リンクを参照されたい。
マグダラのマリアは古来より東方西方いずれの教会でも崇拝されてきたが、カトリックでは特有の多くの伝説で色どられている。四福音書にはマグダラのマリアと特定されていない女性が何人か登場する。その中のベタニアのマリアなどがマグダラのマリアと同一視され、イエスの足に涙を落し、自らの髪で拭い、香油を塗ったとされる。それゆえ図像ではアラバスターの香油壺を手にする姿が代表的。
伝説中のマグダラのマリア、たとえばヤコブス・デ・ウォラギネの『黄金伝説』( ⇒Golden_Legend)などによれば、マグダラのマリアは金持ちの出自であって、その美貌と富ゆえに快楽に溺れ、後にイエスに出会い悔悛したという。