マクマホンラインとは、1914年に、チベット政府とイギリス領インド帝国の間で取り決められた国境線のことで、イギリス側の全権代表を務めたヘンリー・マクマホン卿の名前から付けられている。
辛亥革命の結果、清朝が滅亡し国家体制が再編されたとき、モンゴルとチベットは独立を画したが、ロシア帝国と英国がそれぞれ介入、結局中華民国の主権下に完全な内政自治を行うことで、中華民国政府と妥協を図ろうとした。モンゴルと組んだロシアはキャフタ条約で国境線を確定させたが、チベットと組んだイギリスはシムラ会議を開催したものの、最終的に中国の同意を得ることができず、中華人民共和国成立後も、この国境線を中国は認めていない。そのため、この国境線が元で1959年、中印国境紛争が勃発した。
日本の学校教育用地図帳では、この地域を所属未定としているか、マクマホンラインをインド北部国境としつつ、中国主張の国境も描くという手法をとっている。
関連項目
アルナーチャル・プラデーシュ州
カシミール
グレート・ゲーム
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更新日時:2008年9月20日(土)21:20
取得日時:2008/10/14 03:26