マイクロプロセッサとは、トランジスタや他の回路素子を集積した大規模集積回路 (LSI) で、コンピュータの中枢部を構成するもの。CPUの機能を実装したものを指して呼ぶことが多いので、CPUとほぼ同義語として扱われることが多いが、他にもビデオカード上のGPUのようなマイクロプロセッサも存在する。本項では、主にCPUとしてのマイクロプロセッサについて述べる。
目次
1 概要
2 歴史
2.1 最初のマイクロプロセッサ
2.2 8ビットマイクロプロセッサ
2.3 16ビットマイクロプロセッサ
2.4 32ビットマイクロプロセッサ
2.5 64ビットマイクロプロセッサ
2.6 RISC
3 市場
4 関連項目
5 外部リンク
5.1 マイクロプロセッサ設計企業
5.2 その他
//
用途により入出力などの周辺回路や、メモリを内蔵するものもあり、一つのLSIでコンピュータシステムとして動作するものを、ワンチップマイコンと呼ぶ。
マイクロプロセッサは、一つのLSIチップで機能を完結したものが多いが、複数のLSIから構成されるものもある。これに関してはチップセットもしくはビットスライスを参照されたい。
マイクロプロセッサが開発される以前、CPUは真空管やトランジスタのような単独素子を大量に使用して構成されたり、集積回路が開発されてからも、たくさんの集積回路の組み合わせとして構成されてきた。集積回路の規模が大きくなって、多くの回路素子を収めることができるようになったため、一つの大規模集積回路にCPU機能を納めることが出来るようになった。これにより、生産のしやすさ、利用のしやすさが格段に向上したので、それまでより大量に使われるようになり、性能は著しく向上し、価格も低下していった。
マイクロプロセッサは、1971年にインテルによって開発された。また同じくインテルによってマイクロプロセッサの性能は約18ヶ月で倍になるというムーアの法則も唱えられ、今日までこの法則に従い性能が向上し続けている。
現在ではマイクロプロセッサは大きなメインフレームから小さなハンドヘルドコンピュータまでさまざまなコンピュータに搭載されている。
最初のマイクロプロセッサIntel 4004 マイクロプロセッサ
様々な技術革新をベースとして、マイクロプロセッサが実現される要素がそろったのは1970年ごろのことである。三つのプロジェクトでほぼ同時に完全なマイクロプロセッサが生み出された。インテルの4004、テキサス・インスツルメンツ (TI) のTMS1000、Garrett AiResearchのCentral Air Data Computer (CADC) である。
1968年Garrettはアメリカ海軍のF-14トムキャット戦闘機向けのフライト制御用コンピュータとしてデジタルコンピュータの開発を要請された。設計は1970年に完了した。MOSベースの複数チップからなるCPUである。そのデザインは従来の機械システムに比較して小さくて信頼性が高く、初期のトムキャットで採用された。しかしその先進性ゆえ、米海軍はこれを商用として一般に売り出すことを禁止し、その措置は1997年まで続いた。そのため、CADCとMP944チップセットは最近までほとんど知られていなかった。
TIは4ビットのTMS 1000を開発。電卓向けプログラムを内蔵したTMS1802NCを登場させたのが1971年9月17日である。インテルが開発した4004型4ビットCPUは1971年11月15日にリリースされた。開発者は、テッド・ホフ、フェデリコ・ファジン、そして嶋正利らであった。
TIはマイクロプロセッサに関する特許を出願した。ゲイリー・ブーンはシングルチップのマイクロプロセッサアーキテクチャに関する特許を1973年9月4日に獲得した(米国特許番号 : 3,757,306)。どの企業が最初に研究所レベルでマイクロプロセッサを動作させたのかは定かではない。1971年と1976年、インテルとTIは包括的なクロスライセンス契約を締結し、インテルはTIの持つマイクロプロセッサの特許に対してロイヤリティを支払った。この間の経緯は、サイリックスとインテル間の訴訟に関する法廷文書に記述されている。この訴訟においてTIはマイクロプロセッサに関する特許の所有者および仲裁人として関与した。
チップ上のコンピュータという考え方はマイクロプロセッサのバリエーションである。マイクロプロセッサのコア (CPU) とメモリとI/O(入出力)をひとつのチップに詰め込むというこのアイデアに関する特許(当時はマイクロコンピュータ特許と呼ばれた)は、TIのゲイリー・ブーンとマイケル・J・コクランに与えられた(米国特許番号 : 4,074,351)。