ポリネシア (Polynesia) はオセアニアの海洋部の分類の一つ。ポリネシアはギリシャ語で「多くの島々」の意味である。
目次
1 地理
1.1 域外ポリネシア
2 ポリネシア文化
2.1 「ハワイキ」
3 ポリネシア人
3.1 移民の流れ
4 ポリネシア人の航海技術
5 生活
6 経済
7 注
8 関連項目
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太平洋で、概ねミッドウェー諸島(ハワイ諸島内)・アオテアロア(ニュージーランド)・ラパ・ヌイ(イースター島)を結んだ三角形(ポリネシアン・トライアングル)の中にある諸島の総称。
アオテアロア(ニュージーランド)・サモア・トンガ・ツバル・キリバスの各国と、アメリカ合衆国・フランス・イギリス・チリ・アオテアロアなどの属領がある。ハワイ・フェニックス・サモア・ソシエテ・タヒチ島・トンガ・ウォリス・ツバル・トケラウ・クック諸島・ライン・オーストラル・トゥアモトゥ・テ・ヘヌア・エナナ(マルケサス諸島)などの諸島が含まれる。
域外ポリネシア(Polynesian Outlier)と呼ばれる、ポリネシア文化を保持した島々がミクロネシア・メラネシアに点在している。域外ポリネシアには、ポリネシア・トライアングル内では失われてしまった古代の知識が継承されている地域があり、特にソロモン諸島国に属するサンタ・クルス諸島のタウマコ(Taumako)は、古代ポリネシアの航法技術(後述)に最も近い技術を継承している地域として注目を集めている[1][2]。
ポリネシアはラピタ文化時代に植民された西ポリネシア(サモア、トンガ等)と、ポリネシア文化の成立後に植民された東ポリネシア(ハワイ、タヒチ、テ・ヘヌア・エナナ、ラパ・ヌイ、アオテアロア等)に分けられる。西洋人がこの海域に到達した時点でポリネシア人は相互に極めて似通った言語(オーストロネシア語族の一派)を話しており、キャプテン・クックがタヒチからハワイに同行した人物は、ハワイ人との会話に殆ど困難を覚えなかったと伝えている。また、ポリネシア海域内の先住民の身体形質の同質性は極めて高い。
ポリネシア人たちは自らの故地を「ハワイキ」「アヴァイキ」などと呼んだ。この言葉はポリネシア各地で若干異なっており、タヒチでは「ハヴァイイ」、ツアモツ諸島などでは「ハヴァイキ」、クック諸島では「アヴァイキ」、サモアでは「サヴァイイ」、アオテアロアでは「ハワイキ」、ハワイ諸島では「ハワイイ」などとなっている。
ポリネシア人はいわゆるモンゴロイドに分類されるが、モンゴロイドの中では例外的なまでに大型の体格と、彫りの深い顔立ちから、コーカソイドではないかと考える白人も少なくなかった[3]
アオテアロアの先住民マオリもポリネシア人の一派であり、ラグビー・フットボールのアオテアロア(ニュージーランド)代表チーム「オールブラックス」が試合前に披露するハカは、ポリネシア系言語のマオリ語である。ガリヴァー旅行記の大人国の人々のモデルと言われる(特にトンガの人についてそのように言われる)。
ポリネシアへの人類の拡散プロセスは、トール・ヘイエルダールが唱えた南米からの植民説、ベン・フィニーらが唱えた東南アジアからの植民説があるが、1975年にハワイで建造された双胴の航海カヌー、ホクレアによる数々の実験航海により、現在では東南アジア説が定説となっている。
古代のポリネシア人たちは、六分儀、クロノメーター、方位磁針といった航法器具を用いずに、数千キロメートルに及ぶ遠洋航海を行っていたと考えられているが、この航法技術は現在ではその一流派が域外ポリネシアのタウマコ島に残存するのみである。