ポトシ(Potosi, "シ"にアクセント)は、ボリビアの南部にある県。また、その中心都市の名前。
ポトシ
位置
座標: ⇒19°33′0″S, 65°44′0″W
歴史
{{{成立区分1}}}{{{成立日1}}}
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旧名{{{旧名}}}
創設者{{{創設者}}}
行政
国ボリビア
県ポトシ
郡トマス・フリアス
ポトシ
市長レネ・ホアキノ (Rene Joaquino)
地理
面積
市域
陸上
水面 km2
水面面積比率
市街地
都市圏
標高3,967 m
人口動態
人口(現在)
市域人
人口密度
市街地134,281人 人
市街地人口密度
都市圏
都市圏人口密度
備考
その他
等時帯ボリビア標準時 (UTC-4)
夏時間
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市外局番{{{市外局番}}}
ナンバープレート{{{ナンバープレート}}}
ISO 3166-2{{{ISOコード}}}
公式ウェブサイト:
目次
1 ポトシ市
1.1 セロ・リコ銀山
1.2 世界遺産登録基準
2 ティオ
3 ノルテ・ポトシ
4 ウユニ塩湖
5 関連項目
6 注
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ポトシ市は、ボリビアの首都ラパスから南東に約 440 km に位置する。標高 4,000 m にある。人が住む都市としては、世界最高地点である。
スペイン統治時代に金・銀を多く産出する鉱山が開発され、莫大な量の金銀を輸出したが[1]、19世紀にはすっかり枯渇してしまった。その後、19世紀末からは錫(すず)が大量に採掘されるようになり鉱山の活気も復活したが[2]、現在では錫もほぼ枯渇している。しかし、現在も主に手掘りで作業を続けている坑夫がいる。
市内観光の目玉は、この鉱山の中に入るツアー。市内のホテルなどでツアーを申し込むと、スペイン語または英語のガイドが実際の坑道内を案内してくれる。 鉱山に行く途中の雑貨屋で売っているダイナマイトを買って、発破の様子を見せてくれることもある。
旧貨幣製造所 (Casa de la Moneda) は、博物館となっている。銀貨などをどのように作っていたか、スペインの統治はどのようなものであったかなどが解説されている。
インディオの特徴を強く持つ人が多く、チョリータが多い。ケチュア語を話す人が多いが、スペイン語を全く解さない人は近年だいぶ少なくなってきた。
ポトシ市街
(ボリビア)
ポトシ市とセロ・リコ
(英名)City of Potosi
(仏名)Ville de Potosi
面積130 ha
登録区分文化遺産
登録基準文化遺産(2), (4), (6)
登録年1987年
拡張年
備考
公式サイト ⇒ユネスコ本部(英語)
世界遺産テンプレートを使用しています
1545年、スペイン人により発見された銀山。セロ・リコ (Cerro Rico) とはスペイン語で豊かな丘という意味である。以後、スペイン統治下で中南米三大銀山に数えられるまでになる。しかし銀の掘削は、強制的に集められたインディオの奴隷により行われた。一説には、800万人が犠牲になったといわれ、人を食う山として恐れられた。
1987年、セロ・リコ銀山を含め、他の構造物とともに世界遺産に登録される。奴隷制度の象徴として、負の世界遺産にも数えられている。
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
(2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
(4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
(6) 顕著で普遍的な意義を有する出来事、現存する伝統、思想、信仰または芸術的、文学的作品と、直接にまたは明白に関連するもの(この基準は他の基準と組み合わせて用いるのが望ましいと世界遺産委員会は考えている)。
スペイン語で「ティオ (tio)」とは「伯父(叔父)」を指す一般的な単語であるが、ポトシの鉱山でティオというと坑内の安全を守る神様のことを指す。
ポトシの鉱山では、坑内の休息所にはたいてい等身大に近い男性の胸像または立像が飾られている。やせ形で赤ら顔でひげを生やしており、しばしば角が生えている。これは、スペイン人を鬼に見立てて作られたものだという説がある。 このティオにたばこをくわえさせ酒を捧げることによりご機嫌を取り、坑内の安全を祈願するのである。鉱夫たちは朝、採掘場所に行く途中でティオに挨拶をし、夕方ティオにお礼を言って帰る。彼らはこの間、昼食もとらずにコカの葉を口いっぱいに入れて疲労と空腹を押さえながら作業を続ける。