艦歴
起工1913年 10月27日
進水1915年 3月16日
就役1916年 6月12日
退役1946年 8月29日
性能諸元
排水量基準:33,100トン、満載:36,500トン
全長185.32m
全幅32.39m
吃水10.05m
最大速21ノット
乗員士官・兵員:915名
兵装45口径35.6cm砲:12門
38口径12.7cm砲:16門
56口径40mm対空砲:40門
70口径20mm対空砲:71門
1934年5月31日、ニューヨークを出港した改装前のペンシルバニア
ペンシルバニア (USS Pennsylvania, BB-38) はアメリカ海軍の戦艦。ペンシルバニア級戦艦のネームシップ。艦名はアメリカ合衆国2番目の州に因む。その名を持つ艦としては3隻目。
第一次世界大戦型の旧式戦艦。20ktという速力と35.6cm砲は当時のアメリカ海軍戦艦群の標準的な仕様。日本海軍機動部隊による真珠湾攻撃で損傷した後、近代化改修を実施。これにより外観の一新、近代戦闘能力を有することになった。
目次
1 艦歴
1.1 大西洋艦隊
1.2 太平洋艦隊
2 同型艦
3 関連項目
4 外部リンク
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ペンシルバニアはバージニア州ニューポート・ニューズのニューポート・ニューズ造船所で1913年10月27日起工、1915年3月16日にルイス・J・コルブ大佐の娘エリザベス・コルブによって命名、進水し、1916年6月12日初代艦長ヘンリー・B・ウィルソン大佐の指揮下就役した。
就役後ペンシルバニアは大西洋艦隊所属となり、1916年10月12日に大西洋艦隊の旗艦となった。1917年1月、ペンシルバニアはカリブ海での演習に出発した。4月6日に母港ヨークタウンに帰還。この日、アメリカはドイツに対し宣戦布告した。ペンシルバニアは重油専焼であり、タンカーの余裕がなかったためイギリスには派遣されなかった。そのため、ペンシルバニアはチェサピーク湾で訓練などを行っていた。その間ノーフォーク、ニューヨークでオーバーホールもおこなわれた。
1918年12月2日、ニューヨーク州トンプキンスヴィル沖に向かい、4日に大統領ウッドロウ・ウィルソンを乗せた輸送艦ジョージ・ワシントン(USS George Washington)を護衛してフランスのブレストへ向けて出発し、12月13日にブレスト到着した。14日、ペンシルバニアはニューヨークへ向けて出港、25日に到着した。
1921年1月17日、パナマ運河に向けてニューヨークを出発。1月20日、パナマのバルボアに到着。太平洋艦隊の部隊に加わり旗艦となった。1月21日、艦隊はバルボアを出発して、1月31日、ペルーのカヤオに到着した。2月2日、ペンシルバニアは出港、2月14日にバルボアに戻った。それからグアンタナモ湾を拠点にし、その間に短期間の訓練をおこなった。4月28日ハンプトンローズに帰還した。
1941年12月7日の真珠湾攻撃の時、ペンシルバニアは乾ドックに入渠中であり、爆撃を受けて損傷した。12月20日、サンフランシスコに向けて出港。12月29日に到着し1942年3月30日まで修理に費やした。4月14日から8月1日まで、改装による中断もあったが、カリフォルニア沿岸で訓練や哨戒を行っていた。その後はウィリアム・S・パイ中将指揮下の戦艦7隻の内の1隻として、日本軍のアメリカ西海岸攻撃阻止のために行動した。ミッドウェー海戦がアメリカの勝利で終わった後、部隊はサンペドロへ向かった。
1942年8月1日、ペンシルバニアは真珠湾に向けてサンフランシスコを出港し、8月14日に真珠湾へ到着した。射撃訓練や空母機動部隊に属してハワイ周辺の警戒に当たった。10月4日、ペンシルバニアはサンフランシスコに戻り、1943年2月5日まで近代化改装を行った。改装完了後カリフォルニア沿岸で訓練や哨戒に従事し、4月23日にアラスカへ向かった。
4月30日、ペンシルバニアはアラスカ州コールドベイに到着した。5月11日から12日の間、上陸支援のためにアッツ島のホルツ湾、シカゴ・ハーバーを砲撃した。12日、アッツ島から引き揚げた時、哨戒機から魚雷が向かっていると警告を受け、ペンシルバニアはその魚雷を回避した。雷撃したのは日本の潜水艦伊31であり、駆逐艦の攻撃により撃沈された。5月14日朝にも再度雷跡が発見された。
戦争末期の1945年の沖縄戦(アイスバーグ作戦)時には、レイモンド・スプルーアンス大将を司令長官とする第5艦隊指揮下の艦砲射撃部隊に所属し、4月1日の沖縄本島上陸作戦決行当日をはじめとして、上陸地点などの海岸沿いにある日本軍陣地などに対する艦砲射撃を継続した。しかし、終戦の3日前の8月12日の夜半、中城湾に停泊中に九州、鹿児島県の串良基地から出撃したと見られる日本海軍、第5航空艦隊指揮下の第931海軍航空隊、第251飛行隊所属の艦上攻撃機「天山」4機のうちの1機による夜間雷撃により、艦尾に魚雷1本が命中して大破、浸水するという被害を受けた。