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ペマ・ギャルポ(Pema Gyalpo、1953年6月18日 - )は、チベット出身の政治学者。専門は国際関係論、国際政治学。
桐蔭横浜大学法学部教授、拓殖大学海外事情研究所客員教授、岐阜女子大学名誉教授、岐阜女子大学南アジア研究センター長。サラブレッドプロモーション所属。
目次
1 経歴
2 エピソード
3 著書・講演
4 参照
5 関連項目
6 外部リンク
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1953年、チベットのカム地方ニヤロン(現在の中国四川省)に生まれた。ダライ・ラマ14世に従いインドへ亡命、難民キャンプで少年期を過ごし、木村肥佐生亜細亜大学教授(日本チベット文化研究会副会長)らの支援により1965年12月来日した。埼玉県の中学、高校で学び、亜細亜大学法学部卒業、上智大学大学院中退、東京外国語大学AA研究所修了後、ダライ・ラマ法王日本駐在連絡官、同日本代表部事務所担当初代代表などを務め、法王の信任厚く重職を担っていた。しかし、寺院建立のために集めた寄付金などの横領が浮上し、法王の指示により解任される。その後就任した新日本代表部事務所の代表であった、ダライ・ラマ法王の実弟のノルブ師を事務所から閉め出すなどを繰り返し、亡命政府とは今も確執がある。
チベット文化研究所名誉所長、南アジア地域協力連合研究調査会会長。その他にも日本経営者同友会の特別名誉会員、アジア刑政財団学術評議委員〈国際連合NGO団体)、NPO、NGOをはじめ多数の役職を兼任。
国際情勢、日本の政治社会について、鋭い分析による発言は、一部保守層からも支持がある。また、テレビだけでなく、新聞、雑誌など各種メディアにおいても多く活動する。
2005年11月日本に帰化。2007年モンゴル大統領顧問(社会・文化担当)に就任。同年7月29日に投開票された第21回参議院議員通常選挙に国民新党公認で比例区より立候補したが、同党当選枠1人に対し10位で落選。
エピソード
オウム真理教の、麻原彰晃 をダライ・ラマ法王庁に紹介する。しかし数ヶ月後に麻原の問題点に気づき彼とは関わらないようにとダライ・ラマ法王庁に上申する。これに怒った麻原は雑誌、本等でペマを批判。後に麻原はオウム事件を起こすに至るが、当時を振り返ってペマは「幸いにして、麻原さんが怒って、私のことを悪く書いて下さったもんですから、助かりました。本当のことを言って......。」[1]と回想している。
2007年7月13日に米大使館に手渡された日本文化チャンネル桜主導の慰安婦問題に関する米下院決議案の全面撤回を求める要望書にも賛同者として名を連ねた[2]。
菊地久、高島龍峰、デヴィ・スカルノ、光永勇、古川のぼる、安井けんらの選挙関係者と共に、北朝鮮に米支援を行なったNGOグローバルレインバーシップの会員でもある。同NGOは国会タイムス社主五味武が主宰し、長らく会長職が清和政策研究会(当時は福田・三塚派)によって担われてきた。
著書は多数あり、チベット問題だけでなく、アジア地域問題、日本社会などについて論考、講演する。
参照^ ⇒大阪国際宗教同志会 平成11年度総会 記念講演「 チベット仏教とは何か」
^ ⇒抗議書への賛同者一覧
関連項目
日本文化チャンネル桜
アメリカ合衆国下院121号決議
ブロードキャスター
外部リンク
(関連機関)
⇒PEMA News and Views
⇒岐阜女子大学南アジア研究センター
⇒桐蔭学園横浜大学 ペマ・ギャルポ研究室
⇒チベット文化研究所
⇒南アジア地域協力連合研究調査会