キン族(ベト族、アンナン族)
総人口約7,000万人
主な居住地ベトナム
主な言語ベトナム語
主な宗教儒教、道教、仏教、
キリスト教、カオダイ教
関連する民族漢民族、ムオン族
キン族( - ぞく, ベトナム語:Ng??i Vi?t, 漢字:京族)は、ベトナムの人口の9割近くを占める同国の主要民族で、狭義におけるベトナム人である。別名、ベト族(Ng??i Vi?t, 越族)、アンナン族(Ng??i An Nam, 安南族)とも呼ばれる。
目次
1 分布
2 歴史
3 文化
4 宗教
5 関連項目
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キン族はベトナムの他、ベトナムの周辺国(中国、ラオス、カンボジア、タイ)でも、少数民族として暮らしている(中国語普通話では、日本語表記するとジン族に近い発音で読む)。また、ベトナム戦争によって発生した難民が、アメリカ、香港、オーストラリアなどに多数亡命している。特に、オーストラリアでは1990年にオーストラリア国内で誕生したベトナム系の人口が、難民として流入してきた人口を上回り、芸術やスポーツの分野で活躍する者も出てくるなど一定の社会基盤を築いている。
また、近年では出稼ぎ労働者、配偶者として台湾などへの移住が増えており、越南新娘と呼ばれている。彼ら在台ベトナム人は、文化の違いなどで台湾人と摩擦が起き始めており、社会問題になっている。
日本にも居住しているが、日本国内では朝鮮人・韓国人、中国人、フィリピン人など、他の在日外国人と比較するとその割合は多くない。
キン族は中国南部が起源と言われているが、詳しいことは定かではない。福建系の漢民族から分かれたとされる。タイの少数民族、モン族との関連が一部から指摘されている。
紀元前には、現在のベトナム北部に当たる地域で勢力を伸ばし、東南アジア最古の青銅器文化として知られるドンソン文化を発達させ、原始的だが小規模な国家群を形成していた。これが、現在のキン族の直接の先祖である民族(古越人)である。
同地域は秦成立以後、千年以上にわたって中国の支配を受け続けたため、東南アジアの他の周辺地域の民族と違って例外的にインド文明を殆ど受容せず、漢字を使用し、中国風の姓を持つようになるなど中国文明を幅広く受け入れていった。だが、完全に中国に同化することはなかった。一定の独立性を保ち、しばしば中国の中央に対して反乱も起こした。この時期の同地域勢力の中には、現代ベトナムの歴史教育では独立王朝として扱われている物もある。また、現在のベトナム中部から南部に当たる地域では、オーストロネシア語族系統の古チャム人(後のチャム族)がチャンパ王国を形成していた。
唐末期の中央政府の混乱で中国の支配が衰えると、938年に最初のキン族の王朝とされる呉朝( ⇒Nh? Ng?)が成立する。さらに丁朝( ⇒Nh? ?inh)と呼ばれる王朝が興った。ベトナムの史書は、この丁朝以降を正式なベトナムの王朝として扱っている。これらの王朝は、周辺の少数民族を従えながら南進し、チャンパ王国としばしば争い、17世紀には黎朝が現在のベトナム領土をほぼ確定させた。
以後、1887年のフランス領インドシナの成立でフランスによる植民地化が成され、さらに1940年、日本の仏印進駐によってベトナムは二つの国によって統治されることになるが、後に独立を達成してベトナム戦争、中越戦争を経て現在に至る。
ベトナムはインドシナ半島に存在しているが、インドシナとはその名の通りインドと中国の間にある。中国に近い地域であったベトナム北部に居住していたキン族は他の民族がインド文明を受容したのに対して、中国文明を受容することになる。
中国文明を受容したため、中国に類似する文化が数多くある。中国風の名を名乗り、文字や文章は漢字・漢文を使用していた漢字文化圏である。そもそも、ベトナムという名称自体が越南という漢字のベトナム語読み(漢越読み)である。かつては、ベトナム語を表すためにチュノム(字喃)と呼ばれる漢字を応用した独自の文字を使用していた。現在ではフランスの支配下で考案された補助記号を付けたラテン文字が使用され、漢字、チュノムとも全く用いられなくなっている。
キン族は中国の支配を跳ね除けて独力で王朝を樹立したとの誇りが高く、また小中華思想に基づいて周辺民族を蛮族視していた。また東南アジアとしては例外的な中華系文化を持つため、現在でも周辺諸国では異質な存在としてあまり良いイメージで見られていないという。
キン族においては仏教、道教、儒教に加え、フランス植民地時代に伝えられたキリスト教が信仰されており、極少数ながらベトナム国内の少数民族との交流によって彼らが信仰しているイスラム教を受容したムスリムも存在する。