ヘルムート・コール
Helmut Kohl
ドイツ連邦共和国第6代首相
任期:1982年10月4日 ? 1998年10月27日
出生:1930年4月3日
ドイツ国・ルートヴィヒスハーフェン
政党:キリスト教民主同盟(CDU)
配偶:ハンネローレ・コール(旧姓レンナー)
1995年、カナダノバスコシア州ハリファックスでの先進国首脳会議にて(左から3人目)
ヘルムート・ヨーゼフ・ミヒャエル・コール(Helmut Josef Michael Kohl, 1930年4月3日 - )は、ドイツ(旧西ドイツ)の政治家。戦後最長記録の16年にわたって連邦首相を務めた(在任: 1982年 - 1998年)。冷戦終結の波に乗り、1990年に東西に分裂したドイツの再統一を成し遂げた。
目次
1 経歴
1.1 CDU党首への道
1.2 連邦首相に
1.3 ドイツ再統一
1.4 余生・闇献金疑惑
2 表彰
3 語録・その他
4 外部リンク
5 閣僚名簿
5.1 第一次コール内閣(1982年10月4日 - 1983年5月29日)
5.2 第二次コール内閣( 1983年5月29日 - 1987年5月11日)
5.3 第三次コール内閣(1987年5月12日 - 1991年1月17日)
5.4 第四次コール内閣(1991年1月18日 - 1994年11月15日)
5.5 第五次コール内閣(1994年11月15日 - 1998年10月27日)
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1930年4月3日、ドイツのラインラント=プファルツ州ルートヴィヒスハーフェンに、バイエルンの財務官吏の三番目の子としてカトリック教徒の家庭に生まれた。兄の一人は第二次世界大戦で戦死するが、コール自身は戦争末期にドイツ空軍の補助員として徴集されたものの戦闘には参加しなかった。早くもギムナジウム在校中の1946年にキリスト教民主同盟(CDU)に入党した。その後1950年から、フランクフルト大学およびハイデルベルク大学で法学・歴史学・政治学を学び、1956年から同大学で助手を務めて1958年に「プファルツにおける政治変遷と政党の再建」という論文で博士号を取得する。翌年鉄工所の経営や産業団体の顧問を務め、1948年からの知り合いだったハンネローレ・レンナーと結婚する。二人は二男をもうけた。
コールはCDUの青年団組織Junge Union(JU)の地元での設立にかかわり(1947年)、在学中の1953年に党の州支部事務局に加入。1954年には州のJU副代表、翌年州の党執行部委員に就任。1959年には地元ルートヴィヒスハーフェン郡の党代表となり、翌年ルートヴィヒスハーフェン市議会の党議員団長。1963年からラインラント・プファルツ州議会の党幹事長。1966年、党の州支部代表に就任し、同時に党の連邦代表委員の一人となる。1969年5月19日にラインラント・プファルツ州首相に就任し、CDU副党首となる。州首相として郡の再編成とトリアー大学・カイザースラウテルン技術大学の創建にかかわった。彼の地元での有力支持勢力は産業界であった。