界:動物界 ⇒Animalia
門:節足動物門 ⇒Arthropoda
亜門:甲殻亜門 ⇒Crustacea
綱:軟甲綱 ⇒Malacostraca
亜綱:真軟甲亜綱 ⇒Eumalacostraca
上目:ホンエビ上目 ⇒Eucarida
目:十脚目(エビ目) ⇒Decapoda
亜目:抱卵亜目(エビ亜目)
⇒Pleocyemata
下目:短尾下目(カニ下目)
⇒Brachyura
上科:ヘイケガニ上科 ⇒Dorippoidea
科:ヘイケガニ科 ⇒Dorippidae
亜科:コメツキガニ亜科 ⇒Dotillinae
属:ヘイケガニ属 Heikea
Holthuis et Manning, 1990
種:ヘイケガニ H. japonica
学名
Heikea japonica (Von Siebold, 1824)
和名
ヘイケガニ
英名
⇒Heikegani
ヘイケガニ(平家蟹)Heikea japonica は、エビ目(十脚目)・ヘイケガニ科に分類されるカニの一種。日本近海の浅い海に分布する小型のカニで、甲羅の凹凸と平氏にまつわる伝説が知られている。
また、学名のシノニムとして Dorippe japonica、Neodorippe japonica、Nobilum japonicum などもある。
目次
1 特徴
2 名の由来
3 甲羅の模様の人為選択説
4 近縁種
5 参考文献
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体色は一様に褐色をしている。甲幅・甲長とも20mmほど。甲は丸みのある台形で、上から押しつぶされたように平たい。甲は筋肉がつながる位置にくっきりした溝があって各区域を仕切る。上から見ると吊りあがった目(鰓域前部)、だんご鼻(心域)、固く結んだ口(甲後縁)で、人の怒った表情にも見える。
第2・第3歩脚は甲と同じく扁平で、甲幅の2倍以上の長さがある。鋏脚は小さいが、オスの鋏脚は右がわずかに大きい。第4・5歩脚(第3・第5とする説もある)は小さな鉤状で、先端に小さな鋏をもつ。
北海道南部、相模湾から紀伊半島、瀬戸内海、有明海、朝鮮半島、中国北部、ベトナムまで、東アジア沿岸域に広く分布する。
水深10-30mほどの、貝殻が多い砂泥底に生息する。海岸ではあまり見かけないが、底引き網などにかかる。
短い歩脚で二枚貝の貝殻やカシパン類、海綿などを背負って身を隠す。また長い脚で水をかいて泳ぐこともできるが、このときは腹部を上に向けて「背泳ぎ」をする。産卵期は夏から秋にかけてで、この時期には抱卵したメスが見られる。
ヘイケガニの甲は人間の怒りの表情に似る。さらに瀬戸内海や九州沿岸に多いことから、壇ノ浦の戦い(1185年)で敗れて海に散った平氏の無念をなぞらえ、「平氏の亡霊が乗り移った」という伝説が生まれた。このためヘイケガニは食用でないにもかかわらず有名なカニとなっている。また、大和本草では長門・豊前での「キヨツネガニ」という呼び名が紹介されている。これは1183年に豊前・柳が浦で入水した平清経を指す。原文には「キヨツ子ガニ」とあり、清盛の子どもの蟹、すなわち平家一門の蟹と解釈できる。
高知県ではクモガニと呼ばれるが、これは脚が長いことに由来する。
ヘイケガニの甲羅の溝が怒った人間の顔に見えることは、明治時代から幾人かの科学者の興味を呼び起こしてきた。 1952年に進化生物学者ジュリアン・ハクスレー ( ⇒Julian Huxley) はライフ誌でヘイケガニを取り上げ、この模様が偶然にしては人の顔に似すぎているため、人為選択による選択圧が作用したのではないかと述べている[1]。 この人為選択説では甲羅の模様の成因を、それが顔に似ている程、人々が食べることを敬遠し、カニが生き残るチャンスが増えたため、ますます人の顔に似て来たのだと説明する。
1980年に天文学者カール・セーガンも、テレビ・シリーズ『コスモス』と同名の著書の中でこのヘイケガニの人為選択について取り上げている[2]。 また、甲羅の模様が平氏の亡霊が乗り移ったという伝説が選択に作用しているならば、その伝説が色濃い瀬戸内海、特に壇ノ浦に近いところほど、漁師がこのカニを捕まえるのを嫌がったかもしれず、そうすれば壇ノ浦からの距離が近いほどより人間の顔に近い模様になっているのではないかという仮説を提唱した。
この説については甲殻類学者酒井恒が著書『蟹 ? その生態の神秘』の中で触れており、ヘイケガニやその近縁種は日本以外の北西太平洋にも分布し人の顔に見える特徴は変わらないこと、化石の段階で既に人間の顔をした模様が認められること、ヘイケガニは食用にならないため捕獲の対象とされないことなどの理由で否定している[1][3]。