プラズマディスプレイ
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日立製作所製42型PDPTV

プラズマディスプレイ (PDP, Plasma Display Panel) は放電による発光を利用した平面型表示素子の一種である。電極を表面に形成したガラス板と、電極および、微小な溝を表面に形成し、溝内に赤、緑、青の蛍光体層を形成したガラス板とを狭い間隔で対向させて希ガスを封入し、この電極間に電圧をかけることによって紫外線を発生させ、蛍光体を光らせて表示を行っている。
目次

1 特徴

2 開発の歴史

3 近年の状況

4 関連項目

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特徴

自発光型のディスプレイで視野角が広く、応答速度が速い、色純度がよい、比較的大型化が容易(液晶と比べて)という利点を持つが、明るい部屋でのコントラストが低い、擬似輪郭の発生、焼き付きが起こりやすい、ディスプレイの発熱、高精細化が困難、液晶テレビに比較して寿命が短め(液晶ディスプレイはバックライトを交換すれば耐用年数も伸ばせるが、プラズマディスプレイはパネル自体の輝度低下を起こす)などといった欠点も併せ持っている。

近年では以前に比べかなり改善され、特に消費電力の点では、平均的な動画像表示時においては、液晶よりも消費電力が小さくなってきている。これは、PDPでは、表示画像によって消費電力が変化する(暗い絵では消費電力が小さい)のに対し、液晶では、バックライトが常に点灯しているため、映像による消費電力変化が無いためである。最近のPDPでは、パネル寿命が10万時間に達しているものものが出ており液晶ディスプレイのバックライト寿命よりも上回って来ている。


開発の歴史

動作原理は1964年アメリカ合衆国のD.L. BitzerとH.G.Slottowによりイリノイ大学で発明された。実用化当初はネオンガスの放電による橙色発光の表示装置として、オーエンス・イリノイ社、IBM社やPhotonics Imaging社により商品化され、主としてワークステーションなどの情報表示用ディスプレイに用いられた。

1980年代にはPC用の表示装置としてもプラズマディスプレイが用いられたことがある。これは当時の液晶ディスプレイモノクロ表示のみで、コントラスト・応答性が悪かったためこれに代わるものとして注目された。しかし、TFTカラー液晶の普及とともにPC分野では一時忘れ去られることになる。

一方、NHK技研では1980年代にカラーPDPの研究開発を進め、毎年夏の公開展示では目玉展示としていた。イリノイ大の方式は電極表面に誘電体を挟んだAC駆動方式であったが、NHKは電極を直接ガスに触れさせるDC駆動方式が輝度および動画性能に優れるとして採用した。

しかし、1992年、電極構造と駆動方式を独自に改良したAC駆動方式で高輝度、フルカラー動画が可能な21インチサイズのカラーPDPを富士通富士通ゼネラルが開発・発表すると、日立・NEC・パイオニアなど多くの会社がAC方式で追随した。

1996年には富士通富士通ゼネラルが世界初となる42インチフルカラーPDPを開発、1997年11月には富士通ゼネラルが民生用42型ワイドプラズマテレビ、12月にパイオニアが50型としては世界初の民生用プラズマテレビを発売し、各社とも次世代の大画面の平面テレビとして、デジタルテレビジョン放送HDTV放送に対応させようと開発競争を開始した。初期のPDPテレビは40インチ程度で市販価格100万円を超える高価な製品で、各社とも「1インチ1万円」を目標にコストダウンに力をいれた。


近年の状況松下製103V型フルHDプラズマテレビ(右)。左は50V型。

液晶ディスプレイとの熾烈なシェア争いが続いていたが、米ディスプレイサーチの予測によると、2008年の薄型ディスプレイ市場は、液晶テレビ市場が1億0490万台、プラズマテレビ市場が1370万台で、9割が液晶テレビで占められるている ⇒[1]

パイオニアの撤退により、国内では松下プラズマディスプレイと日立プラズマディスプレイのみがプラズマディスプレイパネルを生産する。

松下電器産業松下プラズマディスプレイ
尼崎にプラズマテレビの新工場を設立し、大幅に増産と拡販をしていく方針である。また姫路に液晶テレビを生産するIPSアルファテクノロジの新工場を建設し、大幅に増産と拡販をしていく方針である。

日立プラズマディスプレイ
2005年4月に合弁会社富士通日立プラズマディスプレイの富士通が所有する発行済株式の30.1%相当を取得し子会社とし日立プラズマディスプレイ株式会社に商号変更した。

パイオニア(パイオニアプラズマ)
自社技術に加え、NECのPDP部門の子会社であったNECプラズマディスプレイを買収した。KUROがハイエンドユーザーから好評を博していたが、シェアの低下には抗えず2008年3月にプラズマディスプレイパネルの生産から撤退を発表した。技術者は松下プラズマディスプレイに転籍し、ここで開発されたパネルを基にパイオニアブランドでテレビセットを販売する。

ソニー
プラズマテレビよりも、液晶テレビに注力していく方針に転換し、サムスン電子と合弁で設立したS-LCDの本格始動に併せてプラズマテレビから撤退した。

東芝
プラズマテレビからSEDに注力していく方針に転換したが、2007年1月29日に製造販売会社SEDの全株式をキヤノンに売却しSED事業からも撤退した。

日本の各電機機器メーカーは、松下、日立、パイオニアや韓国サムスン電子LG電子等からパネルを調達してプラズマテレビを製造している。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:Mamenoki