ブレイディー・ラジオ
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ブレイディー・ラジオ(Brady John Raggio, 1972年9月17日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス出身のプロ野球選手投手)。日本では2000年?2002年福岡ダイエーホークスに所属した。190p、95s。右投げ右打ち。日本での背番号は36。
目次

1 経歴

2 ダイエー時代の印象

3 日本での通算成績

4 その他

5 関連項目

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経歴

球速はあまりなくスライダーが主体の投球スタイル。アメリカ時代はセントルイス・カージナルスメジャーの経験もあるが、大半はマイナー生活だった。ダイエーは1999年にラジオと同じような境遇だったロドニー・ペドラザが入団したが、ペドラザが抑えに定着して日本一に大きく貢献したことで、二匹目のドジョウを狙ってラジオを獲得した(年俸も安く済むので当時のダイエーにとっては好都合だった)。

入団1年目の2000年から先発ローテーションに入り、8勝を挙げる。2001年は開幕から6連勝したがその後息切れし結局9勝に終わる。もともと好不調の波は激しかったが、2002年は前年まで以上に波が激しくなり、ほぼ五分の勝敗は残したものの防御率は5点台半ばに落ち込み、高年俸もあって解雇された。


ダイエー時代の印象

ラジオは上述の通りスライダー主体の技巧派投手で、しかも好不調の波が激しかったことから、先発としては本来4・5番手ぐらいの位置で、5・6回を3・4点に抑えてくれれば上出来というクラスの投手であった。ただ、ラジオ在籍時のダイエーは先発投手に難があり、特に2000年はリーグ優勝こそ成し遂げたが10勝投手が1人もいないほどであった。こうした事情からラジオはエース格の扱いを受けていたが、10勝には1度も到達しなかった。8・9勝あたりがラジオの限界だったのだろう。


日本での通算成績

62試合 23勝17敗0セーブ 防御率4.54(投球回343 自責点173) 三振176 四死球160


その他

ホークスは福岡移転後外国人投手に泣かされることが多いが、ラジオの通算23勝・シーズン9勝(2001年)はいずれも福岡移転後の外国人投手の球団記録である(つまり、福岡移転後外国人の10勝投手は1人もいない)。

血が上りやすい性格であり、2002年には1軍・2軍の双方の試合で退場になった。

名前が名前であり、ホークス在籍時にはKBCラジオジングルにも登場している。


関連項目

王貞治

ロドニー・ペドラザ
カテゴリ: アメリカ合衆国の野球選手 | セントルイス・カージナルスの選手 | 福岡ソフトバンクホークス及びその前身球団の選手 | アリゾナ・ダイヤモンドバックスの選手 | 1972年生

更新日時:2008年1月25日(金)11:23
取得日時:2008/09/06 10:17


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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