ブルマー(bloomers)は、運動などを行う際に下半身に着用する衣類の一種で、ブルマあるいはブルーマ、ブルーマーとも呼ぶ。ヨーロッパを起源とし、20世紀に世界的に広く普及した。
学校教育で体育の授業の運動時に着用する体操着や、スポーツ用パンツとしても広く用いられる。また女子バレーボールや陸上競技の選手が試合や練習ではくユニフォームパンツもあり、用途に応じてバレーブルマー、バレーショーツ、陸上ブルマーと呼ぶこともある。チアリーダーがはくコスチュームパンツにも使われている。また、パンチラ対策として、ガード用にも使われている。
目次
1 歴史
1.1 誕生
1.2 日本での普及
2 ショーツ型ブルマー
2.1 発生の経緯
2.2 特徴
2.3 ショーツ(パンティ)との相違点
3 スポーツ用
3.1 バレーボール
3.2 陸上競技
3.3 その他
4 体操着としての活用
4.1 学校等の指定体操着としての普及
5 事実上の終息
6 「萌え」の対象として
7 脚注
8 関連項目
9 関連書籍
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ブルマーの起源は諸説あるが、その中で有力なのは19世紀の女性解放運動家のアメリア・ジェンクス・ブルーマーの発案説である。ブルマーの名称は彼女の名前に由来する。
ブルマーは、コルセットで腹を締めるような当時の下着に反発した女性解放運動家によって、自由度が高くゆとりのある下着として考案された。これは旧弊な拘束型衣服からの女性衣服の転換という革新的なものであった。そのため後にスポーツをするウェアとして使えるようなものに改良された。当時は女性用の適当な運動着はなく、この発明は極めて画期的なものであった。この頃のブルマーはニッカーボッカーズボンのようにだぶつきがあり、膝あたりまで丈があった。
また、別の説では乗馬用のズボンが変形したものともいう。
大国化と近代化を目指していた戦前の日本で、ブルマーが普及するまでは教育現場や学校で体操時に女性が着用した運動着は従来からのもんぺぐらいであったため、この新しいウェアは非常に斬新に映り、全国の学校の標準運動着として採用された。
この頃のブルマーはプリーツがつけられていて、だぶつきのある形状であった。これらは今日、形状の特徴をとらえて「ちょうちんブルマー」と呼ばれている。
敗戦後は日本は国力に極めて乏しく、東京オリンピック前後まで文部省や教育現場では、義務教育において体操着を学校標準指定で強制することはなかった。当時、小中学校の女子生徒のブルマーは紺色のちょうちん型が圧倒的に多数を占めた。親の手製も見受けられた時代でもあった。ショートパンツ型や現在に近い形の製品も混在していた。尚、ちょうちん型とニット生地ショーツ型の過渡期的なものとして1960年代後半にはサイドファスナーでウエストリアにゴムシャーリングとなりすそが折り返しになった紺サージ生地のショートパンツ型が一般的で、このタイプは1980年代いっぱい伝統と格式を重んじる一部の私立校で採用され続け来た。このタイプを「ショート」あるいは「短パンブルマー」と呼ぶ場合がある。
発生の経緯左は20世紀中盤になって登場したブルマーの形で、以後の標準になったもの。右はいわゆる「ちょうちんブルマー」と呼ばれる旧タイプ。
大腿にぴったりフィットした現代の型に変化したのは、戦後の日本の繊維技術の高度な発達がある。いわゆる「ちょうちんブルマー」に代わって、ショーツ型のブルマーが日本で一般的に普及したのは東京オリンピック以降で1970年年代以降である。
ショーツ型ブルマーをオリンピックの場面で最初に採用した国は旧ソビエト連邦で、このことは日本テレビの伊東家の食卓公式サイトでも確認できる(日本でも現代型ブルマーの試作品を女子バレー日本代表に持ち込んだりしたが、当時の日本代表は「下着みたいだから嫌だ」という理由で採用せず、特注の改良型ショートパンツを愛用していた)。
他方、義務教育の現場において体操服が指定されるようになったのもこの頃からである。小学校・中学校・高校・大学でもこのようなショーツ型のブルマーが体操着やユニフォームとして採用され、ときには幼稚園や保育所の体操着としても使用していたところもある。