ブルボン家(Maison de Bourbon)は、ヨーロッパの王家で、フランス王家カペー家の支流のひとつ。現在のスペイン王家でもある。
ブルボン(Bourbon)の語源はケルト語で「泥」(Borvo, もしくは Borbo)の意味である。
目次
1 起源
1.1 歴代ブルボン公
2 フランス・ブルボン家
2.1 歴代国王(フランスとナバラの王)
2.2 (復古王政)
3 スペイン・ブルボン(ボルボーン)家
3.1 歴代国王
4 ナポリ・シチリアのブルボン(ボルボーネ)家
4.1 ナポリ・ブルボン家歴代国王
4.2 シチリア・ブルボン家歴代国王
4.3 両シチリア王国歴代国王
5 パルマのブルボン(ボルボーネ)家
6 ブルボン家と近親婚
7 関連項目
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ルイ9世の第6子であるクレルモン伯ロベールが婚姻によりフランス中部ブルボンの所領を獲得し、その子ルイ1世がフランス王シャルル4世によりブルボン公に叙せられたのがブルボン家の起こりである。
歴代ブルボン公
ルイ1世(1327年 - 1341年) - 娘ベアトリスはボヘミア王ヨハンに嫁いでルクセンブルク公ヴェンツェル1世を生んだ。
ピエール1世(1341年 - 1356年) - ルイ1世の子。ポワティエの戦いで戦死した。長女ジャンヌをシャルル5世に、次女ブランシュをカスティーリャ王ペドロ1世に、三女ボンヌをサヴォイア伯アメデーオ6世に嫁がせた。
ルイ2世(1356年 - 1388年) - ピエール1世の子。姉ジャンヌの子シャルル6世の摂政を務めた。
ジャン1世(1410年 - 1434年) - ルイ2世の子。
シャルル1世(1434年 - 1456年) - ジャン1世の子。ブルゴーニュ公ジャン1世(無畏公)の娘アニェスと結婚。
ジャン2世(1456年 - 1488年) - シャルル1世の子。最初の妻ジャンヌはシャルル7世の王女。
ピエール2世(1488年 - 1503年) - ジャン2世の弟。妻アンヌはルイ11世の王女。妻とともに義弟シャルル8世の摂政を務めた。
シュザンヌ(1503年 - 1521年) - ピエール2世の娘。
シャルル3世(1505年 - 1527年) - シャルル1世の弟モンパンシエ伯ルイ1世の孫。シュザンヌと結婚してブルボン公を継承。国王フランソワ1世によりブルボン元帥に叙されるが、後に家産を没収される。その後、神聖ローマ皇帝カール5世に仕えてイタリア戦争でフランソワ1世を捕虜にするなどの活躍をしたが、1527年にローマで戦死した。ローマ略奪は司令官であるシャルル3世の死によって引き起こされた。
シャルル4世(1527年 - 1537年) - ピエール1世の弟ラ・マルシュ伯ジャック1世から5代目の末裔。ジャック1世の子ジャン1世は婚姻によりヴァンドーム伯位を獲得し、次男ルイから3代にわたり継承されていたが、シャルルの代に至ってヴァンドーム公に昇叙された。のち、シャルル3世の死により宗家が断絶したため、ブルボン公位と所領を相続した。
アントワーヌ(1537年 - 1562年) - シャルル4世の子。ジャンヌ・ダルブレとの婚姻によりナバラ王位を獲得した。ナバラ王の称号はアンリ4世からフランス・ブルボン家の歴代の王によって継承された。
アントワーヌの弟のうち、ブルボン枢機卿シャルルは国王アンリ3世の死後に甥アンリ4世の対立王に擁立されたが、間もなく死去した(シャルル10世、1589年 - 1590年)。