ブリテンの歴史
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ブリテンの先史時代(Prehistoric Britain)は、ブリテン島・アイルランドにおける人類の渡来(75万年前ごろ)から紀元43年のローマ軍侵攻までの人類社会の推移の解説である。ブリテン島は8500年前までにはヨーロッパ大陸から分離し島になっていた。この時代のブリテンには文字がなく、したがって歴史史料は皆無である。遺跡・化石からいくつかのことがらがわかっているが、不明な点や論争がおこっている点もいまだ多い。島が大陸と陸続きになっている間に人類が渡来し、ブリテン島の豊富な鉱物資源を大いに利用してギリシア地域と交易を行うなど繁栄していた。
目次
1 旧石器時代
1.1 初期旧石器時代
1.2 中期旧石器時代
1.3 後期旧石器時代
2 新石器時代
3 青銅器時代
3.1 ビーカー文化
3.2 ウェセックス文化
4 外部リンク
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ブリテン島の旧石器時代はおよそ75万年前から1万年前である。この間、幾度かの氷河期と間氷期があり、気候・環境の変化がみられた。この時期の人類は、狩猟・採集によって生活していた。そして獲物である動物を追って、陸続きになっていたブリテン島に渡ってきた。アシューリアンとよばれるハンドアックス。アフリカからヨーロッパまで広く分布している
70万年前のものと思われるホモ・エレクトスの骨・石器が、ノーフォークおよびサフォークで発見されている。当時ブリテン島とヨーロッパ大陸は陸続きになっており、テムズ川とセーヌ川はまとまってひとつの川になっていた。ボクスグローブ(サセックス)などでは、50万年前のホモ・ハイデルベルゲンシスの化石が見つかっている。彼らは打製石器・剥片石器およびハンドアックスを用いて、トナカイやマンモスなど大型動物を食料としていた。サイやゾウなどを集団で追い込み、沼の中や崖のふちまで追い込んでから仕留めたと考えられている。
45万年前から30万年前にかけて、アングリア氷期(日本ではギュンツ氷期)が訪れると、ブリテンから人類はいなくなった。極度の寒さが、人類の棲息を許さなかったものと推測されている。つづくホクスン間氷期(40万-37万年前)にはふたたび気候は温暖になり、サフォークなどでクラクトニアンという石器が発見されている。楡やハシバミの混合落葉樹林や草原が広がり、草食獣や肉食獣もブリテンに戻ってきた。これを追って人類もやってきて、クラクトニアン型とよばれる石器で槍をつくり、狩猟をしていた。人類はすくなくとも25人以上の団体で行動し、動物を追って移動していた。
その後また氷期(ウォルストン氷期)に入り、ツンドラとなったブリテンから人類は去ったが、その間の比較的温暖な時期にはブリテン南部に来る者もいた。ケントでは25万年前と推定される人類の頭蓋の断片が発見された。しかし人類が住んでいたという痕跡は少なく、イプスウィッチ間氷期(13万-7万年前)を通じて時おり人類がやってくるという程度であった。
6万年前ごろから、ネアンデルタール人がブリテン南部に住むようになった。彼らが永続的にブリテンに住んでいたのか、それとも大陸から時々やってきては去るという生活だったのか、いまだ明らかにされていない。2002年、ネアンデルタール人に狩られたマンモスがノーフォークで発見された。ケントでは彼らが住んでいたと思われる洞穴が見つかっている。