フェニキア(英語 : Phoenicia)は、古代の地中海東岸に位置した歴史的地域名。シリアの一角であり、北は現シリアのタルトゥースのあたりから、南はパレスチナ(現イスラエル)のカルメル山に至る海岸沿いの南北に細長い地域であって、およそ現在のレバノンの領域にあたる。
フェニキアという名前は、フェニキア人の居住地がギリシャ語で Φοιν?κη (Phoin?k?) と呼ばれたことに由来しており、そのもともとの語源は不明である。一説によると、フェニキアが貝から取れる紫色の染料を特産としていたことから、「紫色」という意味のギリシア語を語源とする。
住民はフェニキア人と呼ばれる人々で、紀元前15世紀頃から紀元前8世紀頃にティルス、シドン、ビュブロス、アラドゥスなどの都市国家を形成して海上交易に活躍し、のちにはカルタゴなどの海外植民地を建設して地中海沿岸の広い地域に広がった。
フェニキア人は系統的には様々な民族と混交していたが、アフロ・アジア語族セム語派に属するフェニキア語を話し、言語的に見ればヘブライ人同様カナン人の系統にある民族である。彼らがフェニキア語を書き表すために発明したフェニキア文字は、ギリシャ文字・アラム文字・アラビア文字・ヘブライ文字など、ヨーロッパ・西アジアの多くの言語で用いられる文字の起源となった。
目次
1 歴史
2 主なフェニキア人
2.1 カルタゴ人
3 関連項目
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フェニキア人は、エジプトやバビロニアなどの古代国家の狭間にあたる地域に居住していたことから、次第にその影響を受けて文明化し、紀元前15世紀頃から都市国家を形成し始めた。紀元前12世紀頃から盛んな海上交易を行って北アフリカからイベリア半島まで進出、地中海全域を舞台に活躍。また、その交易活動にともなってアルファベットなどの古代オリエントで生まれた優れた文明を地中海世界全域に伝え、古代ギリシア・古代ローマの発展を促した。
しかし、紀元前9世紀から紀元前8世紀に、内陸で勃興してきたアッシリアの攻撃を受けて服属を余儀なくされ、フェニキア地方(現在のレバノン)の諸都市は政治的な独立を失っていった。アッシリアの滅亡後はアケメネス朝(ペルシア帝国)に服属するが、海上交易ではギリシアの都市国家と競合しつつ繁栄を続けた。しかし、アケメネス朝を滅ぼしたアレクサンドロス大王によってテュロスが征服されると、完全にギリシャ系の勢力に取り込まれてヘレニズム世界の一部となり、ついに歴史の影に埋没してしまった。
一方、紀元前9世紀に北アフリカに建設された植民都市カルタゴは、フェニキア本土の衰退をよそに繁栄を続けていたが、3度にわたるポエニ戦争の結果、共和政ローマに併合されて滅んだ。カルタゴの人々の話していたフェニキア語はポエニ語と呼ばれてローマ時代にも存続したが、やがて北アフリカ土着のベルベル語や、イスラム教とともにやってきたアラビア語に飲み込まれ、消滅していった。
アゲノルとその息子達はギリシャの伝説に登場する。
アゲノルフェニキア王。海神ポセイドンとリビュエ(リビア)の子とされる。エウロペ、カドモス、ポイニクス、キリクスの父。
ポイニクスフェニキア王。アゲノルの息子。
カドモスアゲノルの息子。
エウロペ(エウローペー)アゲノルの娘。
ティベリウス・イウリウス・アブデス・パンテラ(イエスの実父とされている)
カルタゴ人
ハンノ ⇒Hanno :紀元前3世紀政治家
ハミルカル・バルカ :? - 紀元前229/228
ハンニバル・バルカ(ハンニバル):紀元前247 - 紀元前183
マゴ ⇒Mago, Magon:? - 紀元前203頃将軍。ハンニバルの末弟
ハンニバル・マーゴハンニバルの息子
セプティミウス・セウェルス ⇒Lucius Septimius Severus:146年 - 211年ローマ皇帝(ベルベル人とも言われる)