リエカ
リエカ市街
位置
リエカの位置
座標: ⇒45°19′0″N, 14°25′0″E
歴史
{{{成立区分1}}}{{{成立日1}}}
{{{成立区分2}}}{{{成立日2}}}
旧名{{{旧名}}}
創設者{{{創設者}}}
行政
国
リエカ
市長Vojko Obersnel
地理
面積
市域44 km?
陸上
水面 {{{水面面積(平方キロ)}}} km?
水面面積比率
市街地
都市圏
標高
人口動態
人口(2007年現在)
市域144,043人 人
人口密度
市街地
市街地人口密度
都市圏270,000人 人
都市圏人口密度
備考
その他
等時帯CET (UTC+1)
夏時間CEST (UTC+2)
{{{郵便番号の区分}}}{{{郵便番号}}}
市外局番{{{市外局番}}}
ナンバープレート{{{ナンバープレート}}}
ISO 3166-2{{{ISOコード}}}
公式ウェブサイト: ⇒[1]
時計塔トルサット要塞
リエカ(クロアチア語Rijeka、イタリア語及びハンガリー語:Fiume、ドイツ語:Sankt Veit am Pflaumb)はクロアチアの都市。アドリア海に面するクロアチア有数の港湾都市。プリモリェ=ゴルスキ・コタル郡に属する。過去イタリア領だったこともあり、イタリア語でのフィウーメの呼び名も通じる。リエカもフィウーメも共に「川」を意味する。
目次
1 地勢・産業
2 歴史
3 観光
4 姉妹都市
5 関連項目
6 外部リンク
//
イストリア半島(イストラ半島)東側の付け根にある港湾都市。物流の拠点として重要な役割を占めるほか、工業も盛ん。イタリア、スロヴェニア国境に近く、約65キロ北西にはイタリアのトリエステが位置している。
古代ローマ帝国時代のタルサティカという街が、リエカの起源と考えられる。現在も、街にはローマの建築跡が残されている。中世に入ると、多くのアドリア海沿岸の都市がヴェネツィアの影響下に置かれた。しかし、ヴェネツィアの交易ルートから地勢的に外れていたリエカは、15世紀よりオーストリアの支配下に組み込まれた。そのため、街並みもオーストリア的である。第一次世界大戦後、イタリアとユーゴスラヴィア(当時の正式名称はセルブ・クロアート・スロヴェーヌ王国)の間で領有を争った。1920年に自由市とされたが、1924年にムッソリーニ政権のもとでイタリアに併合された。第二次世界大戦の末期にパルチザンがリエカを奪回、戦後正式にユーゴ領となった。その後、ユーゴ分裂を経てクロアティア領となった。HNK Ivana pl. Zajca
観光
聖セバスチャン教会
聖ヴィド教会
聖母マリア被昇天教会
時計塔
ローマ門
トルサット城(要塞)
姉妹都市
- 川崎市(日本)
- ロストック(ドイツ)
- ビトラ(マケドニア共和国)
ジェノヴァ、イタリア
ファエンツァ、イタリア
エステ、イタリア
ケルン、ドイツ
ノイス、ドイツ
リュブリャナ、スロベニア