ピーピングトムは、ワタナベエンターテインメント所属のお笑いコンビ。1993年コンビ結成。
目次
1 経歴
2 プロフィール
3 出演番組
3.1 現在の出演番組
3.2 過去の出演番組
3.2.1 レギュラー番組
3.2.2 単発・不定期・短期番組
3.2.3 テレビドラマ
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2人の出会いは大学時代。共に1浪を経験し入学した松山大学の主催するキャンプ、グリーンキャンプで知り合う。1989年5月にパンクバンドとしてピーピングトムが誕生。オリジナル曲に「中退ロック」がある。1年半後解散に至るが、その翌日ダンス甲子園や風見しんごの「涙のtake a chance」に影響されダンスチームとしてのピーピングトムになる。
1991年、今村久仁人が東京に1人で行くと言い出すが、桑原貞雄が抱きついて「俺も連れてけ」と言うと、今村久仁人が泣き出し一緒に行くこととなる。
紆余曲折を経て、とうとう1993年にお笑いコンビのピーピングトムとなった。
芸人としては、のぞき屋ダイナマイト(のち暗闇の目撃者)というキャッチコピーで「タモリのボキャブラ天国」シリーズなどに出演。ホストのような容姿で人気があったが、ベスト10の壁は厚く評価は得られなかった。特に交友が深かったのはプリンプリンとBOOMER。この間とても仲が悪かった時期があり、同居していてもほとんど口を利かなかった。そのため今でも他人から関係を聞かれる。
現在は今村久仁人が放送作家の仕事を行い、桑原貞雄はワタナベエンターテインメント系の養成所で講師をしていることから、コンビの仕事は少ない。唯一と言ってもよいレギュラーがABCラジオの番組のピートム.Comic Jack。
桑原貞雄(くわはら さだお) 1969年12月6日生まれ 兵庫県多可郡多可町出身。ボケ担当。身長176cm、血液型はB型。既婚で子持ち。
ピーピングトムのバンドを組んだ時のドラムでリーダー。
母親の名前はすみこ。
小学3年生2学期には桑ぴょんというあだ名。
大学時代、禁煙をすると言っていたが、隠れて家で吸っていた。現在もマイルドセブンライトを吸っている。
マンガにあまり興味がないが、「僕ちゃん」という全4巻のマンガを描いたことがある。
大使館の引越しの手伝いをしたことがある。
携帯電話をよく水に落とす。
ネプチューンの堀内健やビビる大木とプライベートでユニバーサル・スタジオ・ジャパンに行くなど仲が良い。
ジョージ・マイケルを師と仰ぐ。テーマソングは「faith」。
ワタナベ社員共通の彼に対するイメージがエロであり、実際たくさんの女性の相手をしてきた。合コンもとても盛り上がり、「あなたの合コンは間違いなく日本一。絶対そうです。」とも言われた。
今村久仁人(いまむら くにと) 1970年2月10日生まれ 兵庫県養父市出身 ツッコミ担当。身長173cm、血液型はA型。放送作家時には「今村クニト」を名乗る。既婚で子持ち。
ピーピングトムのバンドを組んだ時のボーカル。
済生会病院で生まれたときの体重が3950gでその病院のトップだった。姉も3900gあった。
2月10日9時に生まれたためク(9)ニ(2)ト(10)と名付けられた。
学生時代、野球をやろうと思っていたが、受付がいっぱいで間に合わずサッカーをすることになった。
非常にモテたため、22歳で女にV-MAXを買ってもらうが本人はことごとく否定。
ラ・ママのダメだし会でコント赤信号から「晩年型」と言われた。
名古屋で営業をしているときに誕生日を迎えた際、ゴルゴ松本から誕生日祝いとしてテレホンクラブに無理矢理入れられた。
ボキャブラ天国で行き詰ったとき、雨の日のタクシーで桑原貞雄に「石油を一緒に掘りに行こう」と相談するも、「俺行けへんで」とけんもほろろに断られた。
ゴルゴ松本に退屈しのぎで鼻に大福を詰められたことがある。