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ピトケアン諸島
Pitcairn Islands
(詳細)(拡大)
属領の標語: なし
公用語英語、ピトケアン語
主都アダムスタウン
主都の座標南緯 25度04分
西経 130度06分
総督リチャード・フェル
島司ジェイ・ウォーレン
面積
- 総計
- 水面積率
47km2
極僅か
人口
- 総計(2003年)
- 人口密度
48人
1人/km2
宗主国イギリス
通貨ニュージーランド・ドル
時間帯UTC -8
国歌 ⇒ピトケアン讃歌(英語版)
ccTLD.PN
ピトケアン諸島(ピトケアンしょとう、Pitcairn Islands)は南太平洋上に浮かぶイギリスの海外領土。ピトケアン島はじめ全部で5つの島から成り立っている。1767年、イギリス軍艦「スワロー」の士官候補生ロバート・ピトケアンが発見した。
この島の周囲300kmには、他に人の住んでいる島は無い。まさに絶海の孤島と言えよう。この絶海の孤島に人が住み着くようになったのは、映画でも有名な「バウンティ号の反乱」がきっかけである。現在ピトケアン島に住んでいるのは、この反乱に参加した水兵の子孫達である。
目次
1 地理
2 歴史
3 政治
4 経済
5 住民
6 ピトケアン島の最近の事情
7 島のインフラ状況
8 関連項目
9 外部リンク・参考資料
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地理ピトケアン諸島の地図. 出典:CIA World Factbookピトケアン諸島を中心とした正投影図
ピトケアン島はじめ全部で5つの島から成り立っている。諸島といっても一番東のデュシー島から一番西のオエノ島まで500km以上の広がりがあり、その中に5つ島が散在しているだけである。ピトケアン島以外には人は住んでいないので、実質ピトケアン島がこの植民地の全てである。
ピトケアン島は火山性(最高峰が355m)の面積4.50km2の小さな島である。島の周囲は断崖絶壁に取り囲まれており、荒波が島を叩き寄せているため海岸線はほとんど無く、岩がごろごろしている浜がほとんどである。その為、大型の船が島へ接岸するのは難しい。島の北部、海を見渡す丘の方にバウンティ号の反乱のリーダーであるフレッチャー・クリスチャンがいつも居たというクリスチャンケイブと呼ばれる洞窟がある。島の周囲にアダムズ・ロックとヤングス・ロックと言う岩石の小島がある。
気候は亜熱帯海洋性で、7月から12月は雨季である。
サンデー島( ⇒英語版)
オエノ島( ⇒英語版)
ヘンダーソン島( ⇒英語版)
デュシー島( ⇒英語版)
詳細はピトケアン諸島の歴史を参照
ピトケアン島には15世紀頃までポリネシア人が住んでいた事が考古学的に明らかになっている。その後スペイン人によって発見されるまでは無人島であった。
バウンティ号の反乱以来、その子孫が住み着いている。1829年にイギリスの領土であると宣言され、正式にイギリスの植民地となっている。
イギリスからニュージーランドに派遣されている高等弁務官がピトケアン総督を兼ねる。
住民により島司、立法議会のメンバーが選ばれる。2004年まではスティーブ・クリスチャン島司が島の実質上の行政を行っていた。しかし、後述する少女性的暴行事件の影響で2004年10月30日に解任され、後任にはジェイ・ウォーレンが就任した。
空港は無く、船は3か月に1度、ニュージーランドから北米へ向かう貨物船の寄港があるのみである。よって施設の整った病院などに入る場合は、4,000km近く離れたニュージーランドまで船で行かなくてはならない上、急ぎの場合は船をチャーターする必要がある。