ピアノ殺人事件(ぴあのさつじんじけん)は1974年8月28日に神奈川県平塚市で発生した殺人事件。ピアノの騒音を理由として母子3人が殺害された。
近隣騒音殺人事件の第一号として知られている。
目次
1 経緯
2 詳細
3 影響
4 コンクリート住宅における騒音問題
5 関連書籍
6 関連項目
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経緯
1974年8月28日、県営住宅に住む男性 (A) は階下のB宅に侵入、ピアノの練習をしていた子供2人と母親を殺害し、襖に「謝罪の言葉がない」等の苦情を書き散らし逃亡した。事件前からAはB家でのピアノの音がうるさいと苦情を訴えていたがB家では特に対策をとっていなかったため、AはB一家がわざと騒音を立てていると思い込むようになり凶行に及んだ。Aは自殺を試みるが失敗し、3日後の8月31日に出頭して殺人容疑で逮捕された。
1975年10月20日、Aに対して死刑判決が下された。しかし、事件がマスコミによって大々的に報道された事で全国から騒音被害者などによる助命嘆願活動が行われ、1976年5月、Aに対し精神鑑定が実施され責任能力なしの判断が下った。同年10月、「拘置所内の騒音に耐えられず、死にたい。」との理由でAは控訴を取り下げ。1977年に刑が確定したが、30年以上経過した2008年現在も刑は執行されておらず、東京拘置所に収監中。執行されない理由は現在79歳と高齢であることに加え上記によるものであると見られる。控訴を取り下げていなければ死刑判決は破棄されていた可能性が高い。
詳細
Aは以前からステレオやペットの鳴き声などで近隣住民とトラブルになったほど悩まされており、事件直前には窓やドアの開閉音すら苦痛に感じて、通院するほど精神的に追い詰められていた。特にB家に対しては日曜大工や子供の遊ぶ声にも抗議しており、子供の睡眠中は静かにして欲しいとの貼り紙を見て「自分の家では迷惑な騒音を出しているにも拘らず、周りには静かにしろと言うのは言語道断」犯行を決意したと後に語っている。
当時、子供にピアノやエレクトーンを習わせることが流行しており、団地などの集合住宅では騒音被害が問題となっていたことから、「ピアノ公害」という言葉さえ生まれていた。
影響
この事件を受け、住宅・都市整備公団(現・独立行政法人都市再生機構)は床厚を150mmに増やした。また、アップライトピアノに弱音装置が取り付けられた。
この事件以降、騒音などによる事件や訴訟が頻発しており、多くの専門家はこの事件を「日本人の騒音に対する考え方が劇的に変化した事件」としている。
コンクリート住宅の場合、木造住宅とは違い、音がコンクリートを伝わって上下左右方向に流れるという特性がある。そのため、騒音の発生源の特定が難しく、身に覚えのない騒音の苦情を受けるケースがあり、トラブルの元になっている。
ピアノの音に関しては、二階下まで音が伝わるとまで言われており、壁に接触させて設置した場合、簡単な防音設備程度では隣家および直下階には筒抜けになる。また、弱音装置を使用した場合、鍵盤を叩く際の振動が周囲の部屋に伝わり、音がする時よりもうるさいという苦情が出るケースもある。
防音性の高い床材や壁材を使用したマンションでも、施工不良から音が筒抜けになっているケースや、太鼓現象によって音が増幅されるケース、住人の防音性に対する期待が高すぎるために些細な音が騒音として受け取られるケースなどがあるため、建材の防音性の高さがそのまま騒音対策にはならないところに難しさがある。
関連書籍
狂気?ピアノ殺人事件(ISBN 4167248034)
関連項目
騒音
カテゴリ: 1974年 | 昭和時代の殺人事件 (戦後) | 平塚市
更新日時:2008年9月14日(日)04:03
取得日時:2008/10/12 19:21