ビタリ・クリチコ
基本情報
本名ビタリ・ウラジミロビッチ・クリチコ
通称ドクター・アイアンフィスト
階級ヘビー級
国籍 ウクライナ
誕生日1971年7月19日(37歳)
出身地キルギスタン(現キルギス共和国)
スタイルオーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数37
勝ち35
KO勝ち34
敗け2
引き分け0
無効試合0
表・話・編・歴
獲得メダル
ウクライナ
男子 ボクシング
世界ボクシング選手権
銀1995スーパーヘビー級
ビタリ・ウラジミロビッチ・クリチコ(ウクライナ語:В?тал?й Володимирович Кличко ヴィターリイ・ヴォロドィームィロヴィチュ・クルィチュコー; ロシア語:Виталий Владимирович Кличко ヴィターリイ・ヴラヂーミラヴィチュ・クリチュコー、1971年7月19日ベロヴォーツク - )は、元プロボクサーで元WBC世界ヘビー級王者。キルギスタン(現キルギス共和国)出身で現在はウクライナ国籍(ドイツに在住)。身長202cm、リーチ200cm。ニックネームは「ドクター・アイアンフィスト」。弟のウラジミール・クリチコもまたプロボクサーで現IBF世界ヘビー級王者。
目次
1 来歴
2 戦績
3 獲得タイトル
4 関連項目
5 外部リンク
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来歴
1989年、18歳の若さでジェームズ・ワーリングとWKAキックボクシングルールで対戦。この時点での両者の戦績はワーリング18勝1敗1分11KO、ビタリ17勝2敗。試合体重はワーリング87kg、ビタリ92kg。ビタリの国籍はソ連。判定2-1、スプリットデシジョンで敗北。
1993年11月、WAKO世界キックボクシング選手権大会男子ライトコンタクト部門89kg超級に21歳でロシア代表として出場。決勝でイギリス代表のペレ・リードと対戦。2ラウンドにスピニングキックを顎に受けてノックアウト負け。
1993年11月27日、全日本キックボクシング連盟興行「EVOLUTION STEP-8」に参戦。WKAキックボクシングルール(ローキック禁止および2分5R制)で柳澤龍志と対戦、5度のダウンを奪い圧勝。判定3-0で下す(3Rにパンチで2回、4Rにも2回ダウンを奪い、5Rにもバックブローで5回目のダウンを奪った)。当初は通常のキックルールで対戦が予定されていたが、試合直前にクリチコ陣営の強い要望でローキック禁止に変更された。
キックボクシングではアマチュアで2度、プロで4度、通算6度の世界タイトルを獲得するが、プロ活動を国際式のみへ路線変更する(ちなみに獲得したキックボクシングのタイトルのうち詳細が判明しているものとして、1991年アマチュアキックボクシング世界選手権タイトル、1992年のISKAに関してはフルコンタクト部門というローキック無しのルールで行われるものである)。
2005年11月12日にハシム・ラクマンの持つWBC暫定王座との統一戦が予定されていたが、11月3日、ロサンゼルスでのスパーリング中に右膝靭帯を負傷し試合は中止、2005年11月9日に引退を表明した。戦績の敗北した2戦も、試合を優勢に進めスコアでも勝りながらの怪我による無念の途中棄権であり、最後まで怪我による不幸が絶えなかった。
2006年3月、キエフ市長選挙に立候補するが惜敗。
戦績
アマチュアキックボクシング: 不明
プロキックボクシング: 不明
アマチュアボクシング: 210戦 195勝 80KO 15敗
プロボクシング: 37戦 35勝 33KO 2敗
戦目日付勝敗時間内容対戦相手国籍備考
11996年11月16日勝2R 1:14KOトニー・ブラダムアメリカプロデビュー
191998年5月2日勝5RTKOディッキー・ライアンアメリカWBOインターナショナルヘビー級王座獲得
221998年10月24日勝2RTKOマリオ・シーザードイツEBUヘビー級王座獲得
231998年12月5日勝1RTKOフランシスコ・スピネッリフランス同王座・防衛1
241999年2月20日勝2RTKOイスマイル・ジョン・ユーラフランス同王座・防衛2
251999年6月26日勝2RKOハービー・ハイドアメリカWBO世界ヘビー級王座獲得
261999年10月9日勝3RTKOエド・マホーンアメリカ同王座・防衛1
271999年12月11日勝10RTKOオベド・サリバンアメリカ同王座2度目の防衛
282000年4月1日負10RTKOクリス・バードアメリカ同王座の防衛に失敗し、タイトルを失う。
292000年11月25日勝12R判定ティモ・ホフマンドイツEBUヘビー級王座獲得
302001年1月27日勝1RKOオーリン・ノリスアメリカWBAインターナショナルヘビー級王座獲得
312001年12月8日勝11RTKOロス・ピュリティーアメリカ同王座・防衛1