パット・バレル
Pat Burrell
フィラデルフィア・フィリーズ No.5
パット・バレル(2004年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国
出身地 アーカンソー州ユーリカスプリングス
生年月日1976年10月10日(32歳)
身長
体重6' 4" =約193cm
235 lb =約106.6kg
選手情報
投球・打席右投右打
守備位置外野手
プロ入り1998年 1巡目(全体1位)
初出場2000年5月24日
年俸14,250,000ドル ⇒[1](2008年)
経歴
フィラデルフィア・フィリーズ(2000年 - 現在)
■Template ■ウィキプロジェクト 野球選手
パット・バレル(Pat Burrell , 1976年10月10日 - )は、アメリカ合衆国アーカンソー州ユーリカスプリングス出身の野球選手。フルネームはパトリック・ブライアン・バレル(Patrick Brian Burrell )。外野手、右投右打。現在はMLBフィラデルフィア・フィリーズに所属している。
日本語メディアではパット・バールと表記されることもある。
目次
1 略歴
2 選手としての特徴
3 年度別打撃成績
4 脚注
5 外部リンク
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1998年のドラフト全米1位でフィリーズから指名され、5年総額800万ドルの長期契約で入団した[1]。2000年5月24日にメジャーデビューを果たすと1年目ながら111試合に出場し、規定打席到達は逃したが、18本塁打・79打点・27二塁打を記録した。これはリーグの新人選手として最良の成績である[2]。2001年は155試合出場と完全にレギュラーの座を手中にし、27本塁打・89打点を記録。守備では外野手としてラウル・モンデシーとメジャー最多タイとなる18刺殺を記録した[3]。
2002年はさらに成績を伸ばし、打率.282・37本塁打・116打点を記録し、球団史上1986年のマイク・シュミット以来となる30本塁打・100打点を達成した[4]。この年のオフに日米野球のMLB代表として訪日した際に、日本の変化球投手に簡単に三振を取られ無安打に終わっていた。
2003年開幕前に6年総額5,000万ドル契約で契約延長した。しかし序盤から調子が上がらず、8月22日には通算100本塁打を達成したが、打率は自己最低の.209に留まった。本塁打も21本で、打点は昨年よりも少ない64打点に留まっている。翌2004年は8月にメジャーで初めてとなる故障者リスト入りとなったが、少し調子を上げ、24本塁打・84打点を記録。2005年は悪球に手を出す癖を抑えられるようになり[要出典]、その結果ナショナルリーグでは11位タイ、チームではトップの32本塁打を放ち、自己ベストとなる117打点を記録した。
2007年は30本塁打・97打点をマーク。打率.256ながら114四球を選び、出塁率も初めて4割に達した。シーズン序盤こそ不調だったものの、7月2日以降は打率.302・22本塁打と復調し、地区優勝に大いに貢献した。しかし、初出場となったポストシーズンではホームランこそ放ったものの、それを含めヒットは2本のみと完全に押さえ込まれ、チームも3連敗を喫してしまった。
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三振が多く、メジャー8年間の平均三振数は142個。ただ球をしっかりと見ていくタイプなので、2007年は114四球(リーグ3位)を選んでいる。パワーはかなりある方で、例年30本前後の本塁打を放っている。足は遅くはないが盗塁をほとんど試みないため、通算盗塁数はわずかに5個。強肩ぶりには定評があり、目測を誤る等のミスもほとんどないので、守備力は平均より上と言える。
もともとは三塁手であったが、当時、歴代でも最高の三塁守備といわれたスコット・ローレン(現トロント・ブルージェイズ)がレギュラーあったため、より多くのプレー機会を得るためにメジャーに昇格してからは一塁や外野を任され、後に現在の左翼手に定着した。
年度球団試合打数得点安打二塁打三塁打本塁打塁打打点盗塁盗塁死犠打犠飛四球敬遠死球三振併殺打打率長打率出塁率OPS
2000PHI111408571062711818979000263211395.260.463.359.822