パシフィック・リーグ種類プロ野球
開始年1950年
参加チーム6
国日本
前回優勝チーム北海道日本ハムファイターズ
表・話・編・歴
パシフィック・リーグ(PACIFIC LEAGUE)は、日本のプロ野球リーグのひとつ。パ・リーグと呼称される。
目次
1 沿革
2 加盟球団
2.1 加盟球団とその変遷
2.1.1 現存する加盟球団
2.1.2 過去に存在した加盟球団
3 試合方式
3.1 総当り回数
3.2 指名打者制度
3.3 時間・回数制限
3.4 備考
3.5 プレーオフ制度導入の背景
4 「実力のパ」
4.1 ファンサービス
4.2 マンデー・パ・リーグ
5 年度別順位
5.1 1973年〜1982年の前・後期の順位
5.2 2004年〜2006年のレギュラーシーズン勝率首位のチーム
5.3 2007年以降の日本シリーズ出場チーム
6 名称の由来
7 低勝率罰金制度
8 関連項目
9 脚注
10 外部リンク
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1949年11月26日に開かれた各球団の代表者会議で、新球団加盟の是非をめぐり日本野球連盟が分裂した。その日の午後1時には加盟賛成派の南海ホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)、東急フライヤーズ(現・北海道日本ハムファイターズ)、大映スターズ(後の大映ユニオンズ)、阪急ブレーブス(現・オリックス・バファローズ)に新球団の毎日オリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)、近鉄パールス(後の大阪近鉄バファローズ)、西鉄クリッパース(現・埼玉西武ライオンズ)も加わり、計7球団で太平洋野球連盟(たいへいようやきゅうれんめい)が発足し、結団式が行われた。これは、まだ3日を残した1949年シーズン途中のことだった[1]。当初参加を予定していた阪神タイガースは 看板カードの巨人阪神戦を手放せないと言う理由で最終的に離脱した。
1954年のシーズン開幕前には高橋ユニオンズ(1955年のみトンボユニオンズを名乗っていた。)が加盟して8球団となった。同球団は1954年から1956年の3シーズンのみ参加し、1957年2月に大映と合併(大映ユニオンズ)し7球団となる。さらに、1957年シーズン終了後にはその大映と毎日が合併(毎日大映オリオンズ)し6球団となった。1980年に名称をパシフィック野球連盟に改称。
2004年6月に大阪近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの合併が突如発表されたこと(プロ野球再編問題)で、一時はリーグ存続が危ぶまれる状況となったが、楽天(東北楽天ゴールデンイーグルス)とライブドア(仙台ライブドアフェニックス)が新規参入に名乗りを挙げ、同年11月2日のオーナー会議の席上で東北楽天ゴールデンイーグルスの参入が決定。